FF12 | ナノ


final fantasy xii

――「ダルマスカは恩義を忘れず、屈辱も忘れず、刃を以って友を助け、刃を以って敵を葬る。私の刃は破魔石です。死んでいった者たちのため――帝国に復讐を」

アーシェ様の言葉が私の胸の中で何回も何回も響きました。この世界――イヴァリース東部を治める強国、アルケイディア帝国への復讐。それがアーシェ・バナルガン・ダルマスカの願い。私はその願いが叶いますように、と願うことが出来ないでいます。確かにアルケイディア帝国は私たちが愛する砂漠の国、ダルマスカ王国を滅ぼして、私たちに痛みと憎しみ、悲しみを植え付けました。けれど、アルケイディアにも優しい人はいます。たとえば、そう、ラーサー様です。空中都市ビュエルバのルース魔石鉱。そこからひとりで出てきて、不審者として捕まってしまった私を庇ってくれました。オンドール侯爵邸でも優しくしてくれました。ラーサー様がくれた人造破魔石は、ジャッジ・ギースの魔法を吸収してみんなを守ってくれました。ダルマスカにも、アルケイディアにも悪い人はいます。でもそれ以上に良い人がたくさんいます。アーシェ様もそれはよく知っているはず。だけど、それを覆い尽くすほどの悲しみが、彼女の憎しみを駆り立てるのです。
――暁の断片。その破魔石の使い方を教えてもらうために、ガリフ族という種族の住むジャハラへ向かうことになり、フランとラバナスタの街へ買い物に出た私ですが、私の心は薄暗いもので渦巻いていました。私はごく普通の一般人だから、アーシェ様に芽生えた復讐心を摘み取ることなんて出来ません。ただ、アーシェ様やバッシュ叔父様、バルフレアさん、フラン、そしてヴァンと共に戦うだけ。それは、祖国ダルマスカのために。――矛盾しているかもしれませんね。だけど復讐を恐れる気持ちと、みんなの力になりたいという気持ちが私の中でぱっくりふたつに割れているんです。今私はラバナスタの露天をフランと見ているけれど、店主の声なんてまるで耳に入りません。復讐。それはきっと、たくさん血が流れることを意味している。私は、恐れています。実体化するほどのミストを放出した「暁の断片」。それを使って、アーシェ様がアルケイディア帝国に復讐をすることを――。

ラバナスタを発ち、ギーザを抜けてオズモーネに着いても、私の心は晴れないままでした。モンスターを鈍い光を放つ剣を手に切り裂くアーシェ様の様子を見、私も杖を手に戦うのですがいつもより黒魔法の威力が落ちているようでした。明日にはガリフの地ジャハラに着けるだろう、とバルフレアさんが言ったのを思い出しながら私は杖をしまいました。休憩の時間です。私たちはモンスターが比較的少ない場所で火を取り囲みました。ぱちぱちという小枝を炭に変える音を耳にしながら、私はパンを口に運びます。このパンはラバナスタで購入したもので、普通のパンより値がはるものの長持ちするので重宝しているものです。ヴァンとバッシュ叔父様はもう食べ終えて、ふたりで剣を磨いています。バルフレアさんとフランは私と同じように食べていましたが、アーシェ様はパンに手をつけず、暁の断片を持ちながら遠くを見つめ続けていました。きっと、力に飢える自分を責めているのでしょう。ラバナスタでのフランとアーシェ様の会話がよみがえります。

――「彼らなら、破魔石の声が聞こえるかもしれない。――危険な力のささやきが」
――「危険だろうと、今必要なのは力です」

森の民と呼ばれるヴィエラ族のフランは、力を求めるアーシェ様に興味があったのかもしれません。人間(ヒュム)らしいアーシェ様の言葉を受けて。なによりも力が必要。滅びた国を復活させるためには。アーシェ様の気持ちはよくわかります。アーシェ様はダルマスカを愛している。ダルマスカの民のことも、深く深く愛しているのでしょう。だけど、やられたことをやり返すのは悲しみの螺旋におちること。私は心の中で叫びました。ガリフに会って、破魔石の使い方を聞いたら、アーシェ様は「暁の断片」を使うのでしょう。凄まじい力がアルケイディアで炸裂し、罪のない命が散り、今度は帝国が滅ぶ――。恐ろしいです。そんな未来が。私はどうしたらいいのだろう、と思いながらパンを咀嚼し飲み込んで立ち上がりました。オズモーネの穏やかな風が吹き抜けていきます。私はゆっくりとアーシェ様の隣へと向かいました。アーシェ様はずっと破魔石を見ていました。だから、私が歩み寄ってきていることに気付いていませんでした。私がアーシェ様を呼ぶと、彼女は一瞬目を丸くさせ、そして私の名前をつぶやきます。――パンネロ、と。

「何か用かしら」

アーシェ様はそう言って、パンを千切りました。やっとそれを口に運ぶアーシェ様を私は静かに見つめます。特に用はありません、ただなんとなくです。そう言うつもりだったけれど、言葉は喉に詰まってしまいました。なんとか言葉を吐き出そうとする私に、アーシェ様は少しだけ微笑んでくれました。アーシェ様の微笑を見るのは初めてだったかもしれません。

「私の望みが怖い?」
「えっ?」
「…いいのよ」

アーシェ様は微笑を拭うと、また破魔石に目をやりました。色褪せた石。この石には恐ろしいほどの力が眠っている――アーシェ様はそれを引き出そうとしている――私はアーシェ様に心を見透かされて、言葉を失ってしまいました。

「パンネロ、私はあなたのように受け入れられていないの」
「……」
「全てを失って…私が望んでいるのは力。力がなくては、何も守れない…!」

アーシェ様は無力だった自分を責めていました。解放軍として地下に潜伏していた屈辱の時代。失ったものがあまりに大きく、多すぎたのでしょう。計り知れないほどに。人間らしく、力を求める。復讐を誓う。アーシェ様の心と身体は傷だらけでした。傷付いた手で握る剣は輝いており、唱えられる呪文は細やかで。私はアーシェ様を支えられるのでしょうか?彼女の復讐心に怯えている私が、彼女の友と呼べる関係になれるのでしょうか?私は疑問符を振り払い、アーシェ様の手をとりました。両手でアーシェ様の手を包み込むと、彼女は目を丸くさせ、私の名をこぼします。

「私…」

私は言葉を絞り出します。

「アーシェ様の進む道は、険しいと思います。だから…杖のような存在になれたら、って」
「…パンネロ」
「すみません。私、自分で何をいっているのか――」

わかりません、そう言おうとした時でした。アーシェ様がふわり、と私の体を抱きました。さらさらと彼女の髪が揺れるのが綺麗だな、だなんて思う自分に疑問を抱きながら何故アーシェ様に抱きしめられているのかを必死で考えました。答えが出る前に、アーシェ様がそっと私を引き離します。彼女はまた笑みを顔に滲ませ、口を開きました。

「あなたには何回も助けられているわ。あなたの白魔法がなければ、私たちはここまでこられなかった――そうでしょう?バッシュ」

いつの間にかバッシュ叔父様が私たちのそばに立っていました。バッシュ叔父様はアーシェ様の言葉に、ええ、と頷きます。

「きみにはアーシェ殿下の友として、共にあって欲しいと私は思っている」
「叔父様……アーシェ様……」

私の目頭が熱くなりました。復讐に燃えている彼女が怖くないと言えば嘘になります。だけど、バッシュ叔父様が私とアーシェ様の関係を「友」と呼んでくれたこと。それが嬉しくて、先程の疑問符がすうっと溶けていきました。まだ全てが解決した訳ではないけれど。私はアーシェ様に負けない笑顔を作り、ふたりにそれを向けました。吹く風は優しく、そこに存在する絆というものに触れて去っていきました。


title:空想アリア


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