final fantasy xii
青く鋭く光る、人造破魔石――。
それはラーサー・ファルナス・ソリドールから貰った、パンネロの「お守り」である。戦艦リヴァイアサンでジャッジ・ギースが魔法を発動させたとき、その力を吸収し皆を守ってくれたあの瞬間から。あれからパンネロは心細くなるたびに、人造破魔石を握りしめた。ラーサーが守ってくれる。きっと、守ってくれる。そう信じて握るそれはやはり青い光を放っていて。その光を見るだけで、彼女は安心できた。優しい両親と兄たち、そして幼なじみでヴァンの兄であるレックスたちとの思い出が夢に溶けて、枕が濡れていた翌朝、人造破魔石に触れて不安を拭い去った日もあった。
ガリフの地ジャハラ。そこでパンネロはラーサーと再会した。彼は言う、アーシェを即位させそしてアルケイディア帝国とダルマスカ王国が全イヴァリースに友好を訴え、大戦を回避しようと。アーシェはそれを屈辱的に思ったようだったが、ダルマスカがまた戦場になる図を見たくなかったのだろう、表情こそ硬かったものの彼女は彼の提案を受け入れた。「友好」についてはまだ答えが出せないようだったけれど。そして、彼女たちの次に目指す場所が決まった。ブルオミシェイス――キルティア教の総本山である、神の都へ。
ジャハラを発ったパンネロたちはチョコボに乗ってゴルモア大森林を目指す。濃いミストが漂う、深い森を。ジャハラでレンタルできたチョコボは四匹だった。アーシェとヴァン、フランとバルフレア、ラーサーとパンネロが組んで乗り、最後尾のチョコボにはバッシュが乗る。このあたりの地理に詳しいのはヴィエラ族であるフランだったので、彼女とバルフレアの乗るチョコボが先頭を行く。ゴルモアの森の方角を見るフランの表情が、なんとなくいつもと違うように思えたのは見間違いだったのだろうか――パンネロはそんなことを思いながらも、手綱を持つ。後ろにはラーサーが座っており、彼の吐息が髪にかかって少女は少しドキドキした。
風が優しい。ここ一帯はミストが不安定なケルオン大陸には珍しい穏やかな気候が特徴的で、ガリフ族がゆったりとした時の中で生活している。目指すブルオミシェイスはヤクト・ディフォールと呼ばれるヤクトを抜けた先、ヤクト・ラムーダにある。ブルオミシェイスは預言者キルティアが教えを広めた最初の地で、辺りの空には小さな島々が浮遊しているという。その都市で、どんなことがどんな人物が自分たちを待ち受けているのだろう――パンネロはそんなことを思いながらチョコボを走らせた。
クリスタルの置かれた、「日差し落ちる小道」でパンネロたちはチョコボから降りた。ここから先がゴルモア大森林である。チョコボはクエッと鳴いて彼女たちのそばから走り去っていった。先にチョコボから降りていたアーシェがフランにゴルモア大森林について訊いている。フランの答えが風に乗ってパンネロとラーサーの傍まで飛んでくる。その話によればゴルモアの森は気候こそ適度に温かいものの木々が異常なほど密生し、成長しているため光はほとんど届かないという。ヴィエラ族が住んでいるのもこのあたりだ、とフランは口にしたが顔色が優れなかった。パンネロは何か事情があることを察した。アーシェもそうなのだろう、礼を言ってバッシュの方へと行ってしまった。ヴァンはバルフレアと何か話している。空賊を夢見る彼は、空賊であるバルフレアとフランに憧れに似たものを抱いているようだった。バルフレアは少しめんどくさそうだったが、会話は成立していた。アーシェとの話を終えたフランが相棒のそばへと歩んでいく。クリスタルのすぐそばにいるのはラーサーとパンネロのみだった。ラーサーはゴルモア大森林の方に視線をやっていた。パンネロはそんな彼の隣で、その彼が手渡してくれた「お守り」を取り出す。人の手によって作られた破魔石。破魔石とは普通の魔石とは違って、力を吸収して蓄え、それを放出することができる。あまり難しいことは知らないパンネロだが、彼女にとってはそれだけわかれば充分だった。これは人造破魔石である以前に自分を助けてくれた小さな皇子、ラーサーがくれたお守りであるから。少女がそれを見ているのを見てラーサーが口を開く。
「まだ持っていてくださったんですね」
彼の声は優しい。バンクール地方を包む柔らかな日差しのように。
「勿論ですよ」
これはラーサー様がくれた、私のお守りだから。パンネロは歌うように言う。手のひらの中で輝くそれはどんな宝石よりも美しく思えた。皆を守ってくれたから、これからも皆を助けてくれるだろう――パンネロはそんな風に思った。ラーサーは微笑む。そんなに気に入ってくれたならうれしい、とでも言いたげだ。
「私、何もお返しできてないですね…」
パンネロが小さな声で言った。それを聞いたラーサーは彼女の肩に手をやり、口を開く。
「僕はあなたのそばにいられるだけでいいんですよ」
「…え?」
「あなたの笑顔に助けられているんです、パンネロさん」
「ラーサー様……」
ひとり故郷アルケイディアから離れて、大戦を回避するために必死のラーサーは大人以上に大人に見えた。けれど彼はまだ十二歳なのだ。パンネロよりも四つも下の。彼の背負うものは十二の子供が背負うには重すぎたし、大きすぎた。それでも彼はそれを下ろそうともしない。ペンだけでなく、剣すら握ってイヴァリースの未来を思っている。そんな彼は強い。けれど強いものが無傷とは限らない。ラーサーも、アーシェも、傷だらけになっても戦い続けている。そんなラーサーやアーシェの力になれたらと願うパンネロの存在が、どれだけふたりを支えてくれたか――パンネロは気付かぬうちにふたつの国の未来を担う者を支えていたのである。
「ありがとう、パンネロ」
ラーサーが言う。パンネロの心が満ちていく、あたたかな光に。パンネロはそんな彼を見て夏の花のように笑った。
title:空想アリア