ゼノブレ | ナノ


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私たちは森の中を歩いていた。小鳥の囀りや虫の鳴き声が混ざり合っている。時々、魔物のうなり声もする。ここはマクナ原生林。巨神界の中層部に広がる高温多湿の森林地帯だ。私たちはサイハテ村に住むノポン族に依頼され、アイテム収集をしているところだった。森の中をあちこち回るのにはなかなか骨が折れたが、依頼人の眩しい笑顔が見られると思えば大したことではないとも言える。私の前を行くラインとダンバンが集めたそのアイテムを背負っていた。私の隣にはフィオルンが、私たちのすぐ後ろにはシュルクがいる。シュルクの後ろはカルナだ。リキは一番前を歩いている。大切な故郷を目指しているからだろう、リキは嬉しそうに飛び跳ねながら歩いていた。怪鳥が私たちの真上を飛んでいく。あれが目指しているのはどこなのだろう。私はそんなことを考えながら歩んでいった。

サイハテ村はまだ遠かった。私たちは少しだけ開けた場所にたどり着いたので、そこで一度身体を休めることにした。そこには先客がいた。ノポン族である。彼らは木の実を集めるため、マクナ原生林を駆け回っているという。リキとは知り合いのようだった。「今年の伝説の勇者」を知らぬ者はサイハテ村にはいないということなのだろうか。リキが物凄いスピードで彼らに寄っていったのを見て、私はそう思った。私だけでなく、皆がそう思ったかもしれない。私とフィオルンの後ろを歩いていたシュルクが、私たちを追い抜いてそのノポン族の側へと駆け寄った。何か話を聞いている。何を聞いているのだろう、と疑問符を頭の上に浮かべた私のすぐとなりにカルナが立った。つまり女性三人が並んでいるということになる。ラインとダンバンは荷物を柔らかな草の上に置き、腰を下ろしていた。フィオルンが私とカルナに言う。「私たちも座りましょう」と。私とカルナは頷いた。カルナのみどりの黒髪がさらさらと揺れる。とても綺麗だな、と思った。フィオルンの短い金髪もまた、きらきらとしていて綺麗だと思うのだけれど。座り込んで、私は木々の葉の間から顔を覗かせる青を見た。この青は、エルト海の青。上層に広がる、どこまでも澄んだ青。それを見ていると、とても懐かしくなる。兄上は元気だろうか。民は幸せに暮らしているだろうか。故郷、皇都アカモートは遠い。手を伸ばしても掠りもしない。私がそうやって空と海の混ざり合うものを見ているのを、友たちは見ていた。カルナの大地に似た茶色の瞳と、フィオルンの木々に似た緑色の瞳が。だが彼女たちが何かを言ってくることはない。私が何を思っているのか、すべてを理解した眼差しでこちらを見ているのだ。何もかもお見通しなのだな、そんな風に考えつつ、私は二人を交互に見てそれからまた遥か上を見る。見たところで私の心が満たされるわけでもない。けれど見ずにはいられなかった。兄上や守るべき民の暮らす私のふるさとを思わずにはいられなかったのだ。あの頃と今では、何もかもが違うけれど。自由なのはどちらかと問われれば、あの仮面無しでも生きることが出来る今だと言えるのだけれど。それらを踏まえてもアカモートは愛すべき場所であり、そこに暮らす全ての者もまた愛すべき存在であるのだと。

私がしばらく考え事をしている間、カルナとフィオルンもまた考え事をしていたらしかった。きっと大切な場所や、大切な人のことを考えていたのだろう。私がそうしていたように。カルナもフィオルンもまた、機神兵の襲撃により友人を失っているのだ。フィオルンの場合はそれだけでなく、自分の命が失われそうになったのである。それを物語る、白銀の機械の身体。それでも彼女は生きていることに喜びを感じている。どんな身体でもシュルクたちの側にいられることに感謝している。私はたまに彼女の強さに憧れに似た感情を抱く。もし彼女ほど強ければ、守れる命があったかもしれないと。私はそこまで考えて、首を激しく横に振った。それをカルナには見られてしまった。彼女は問いかけてきた、どうしたの?、と。変わらない表情で、それでいて優しさに満ちた声色で。何でもない、と言ってから心配をかけてすまない、と付け加える。さあっと風が吹き抜けた。それは生暖かいものだった。風に驚いたのだろうか、小枝に止まっていた小鳥が急いで飛び立つ。あんなに小さなものでも、あんなに逞しい翼を持っている。私はなんとなく頭部の翼に右手で触れた。ハイエンターの証とも言えるこの翼。短いそれがコンプレックスでないとは言い切れないのだが、母の存在を思えばその冷たく暗い感情も春の雪のように溶けていく。カルナは「そう?」と言いながら首を傾げた。いつの間にかフィオルンも私の方を見ていた。私とカルナの話が終わるのを待っていたのだろう。フィオルンが桃色の唇を開く。また、風が吹いた。

「メリア、ずっと上を見てたよね」

今になってそう言われるとは思わなかった。フィオルンの澄み切った緑の目に見つめられると、嘘がつけなくなる。上を見ていたのは事実だし、偽る必要など全くないのだけれど、私の胸は揺すぶられた。緑と青の境界線に小鳥の歌が流れる。

「ああ。私の故郷はここの上だからな」
「…アカモート、だよね」
「そうだ」

そういえば、フィオルンはエルト海やアカモートに行ったことが無かった。白い顔つきとして監獄島に降り立ったことがあるがそれはカウントしない方が正しいだろう。フィオルンが木々の先を見上げたので、私はそれに倣う。カルナも同じように上に視線をやる。

「上に海があるなんて、想像つかないよ」
「本当よね、フィオルン」

フィオルンとカルナが言う。私は当たり前のようにそれを受け入れて生きてきたけれど、下層に住むホムスである彼女たちはそうでないのだ。私は小さく笑う。そして静かに語り出す。上層部での記憶を。思い出を。聞かせて、と言われた訳ではないが。フィオルンとカルナは真剣にそれを聞いてくれる。話していいんだ、と思えたのは語り出して数分経過してからだった。二人は時折疑問を投げかけたり、自分たちの思い出なんかを話してくれた。私の目はずっと青をとらえていた。彼女たちはどうか知らない。シュルクやライン、ダンバンやリキなどを見ていたかもしれない。私の青い目に映る青はそれ以上に鮮やかで眩しかった。赤い蝶が横切る。それにより私は別の色を思い出す。しばらく私は語り、二人はそれを聞いてくれた。どうしても語らねばならないような話ではないのに、彼女たちは真剣に聞いてくれた。心がじんわりと温まっていくようだった。

そろそろ行こう、と切り出したのはやはりシュルクだった。私の話はすでに終わっており、フィオルンが兄や幼なじみとコロニー9で過ごした日々を語っている時だった。続きはサイハテ村に着いた頃に、とフィオルンは言い、そして微笑む。カルナと私は頷いて、それから三人でシュルクの側へと駆けた。ラインとダンバンが荷物を背負う。先頭はリキである。その後ろをライン、ダンバンが行き、そしてその後ろがシュルクだ。私とカルナ、フィオルンはシュルクのすぐ後ろを進むことになった。ノポン族たちに別れを告げ、一歩ずつ何かを確かめるかのように歩み始める。私はまた上を見た。青。緑の楽園に寄り添うその色を、私は受け止めて、それから抱きしめる。シュルクがくるりと後ろを向き、フィオルンに身体は大丈夫なのかと問いかけた。少女は大丈夫よ、と返す。輝く笑顔で。そんな笑顔を傍らで見た私とカルナが顔を見合わせ、それから小さく笑んだ。彼女につられるかのように。シュルクも笑っている。辛い戦いの旅であるけれど、笑みだけは忘れてはいけないのだと仲間たちは皆気付いていた。尚も鳥が囀る。私はフィオルンの横顔を見て、いつかの思い出を頭の中に描くのだった。


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