ゼノブレ | ナノ


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皇都アカモート。巨神界の上層、エルト海に浮かぶ都市。少し前まで、ここは古種族ハイエンターが多く住む都であった。しかし巨神の復活によるエーテルの大量放出が原因で、テレシアの巣窟となってしまった。テレシアとは眠れる巨神を守護する霊獣とされる最古の生物。それとハイエンターの間には逃れられぬ悲しい運命がある。ハイエンターは高濃度のエーテルにさらされると、このテレシアと化す因子を埋め込まれていたのだ。だが不思議なことにホムスと交わることでその宿命は消え去る。故に、皇女メリアは「希望」となれる存在だったのだ――。



メリアたちはそのアカモートへ来ていた。テレシアと化してしまった人を眠らせて欲しい。悲しみの呪縛から解き放って欲しい。そういった依頼を受けたのだ。依頼主も相当悩んだようだった。だが、このまま他の生命を屠るテレシアとして生かすことを本人も望んでいない、依頼主はそれに気付いたのである。テレシアという言葉には「不浄な生命を刈り取る者」という意味があると、ザンザの使徒ロウランが言っていた。そんな存在として生き続けても、誰も救われない。その依頼人と話したのは、シュルクとダンバン、そしてフィオルンの三人であった。その依頼を引き受け、仲間たちにそれを告げた時、ダンバンはメリアから目を逸らせなかった。メリアは酷く傷付いている様子だったからだ。多くの同胞が理性すら封じられテレシアとなり、残された生命を脅かしている。ここまで来る途中、何回もテレシアと戦った。戦いが終わるたびにメリアは悲しげな目をしていた。ダンバンだけではなく、シュルクもフィオルンも、みながそれに気付いていた。その時メリアは涙を見せなかった。気丈だ、と思う反面、無理をしているのも見て取れた。だが、巨神胎内で三聖ロウランと融合したカリアンであった者との戦いの時は、涙を零していた。あの時、メリアは想像を絶するほどの悲しみの中にいたのだろう。片親しか繋がってはいない兄妹であったが、深い絆で結ばれていたのだから。兄妹の絆の強さを、フィオルンの兄であるところのダンバンは早い段階から知っていた。テレシアの多くが嘗ての同胞であるということ。そして、それらと戦わねばならないということ。メリアはそれを受け入れ、戦いぬくことを以前から決めていた。だが、と思ったのはダンバンも、シュルクも、フィオルンもそうだった。傷付きながらも、彼女は振り返らない。共にアカモートへ行こう、そうはっきりと言った。そんなメリアの姿を見て、仲間たちは頷いた。アカモート。テレシアの徘徊する、今はもう過去から切り取られた地へと――。



テレシアが光の粒子となって、霧散した。その瞬間はなんとも言えない気持ちになる。こうやって倒すことが救いに繋がると理解した上で戦ったというのに。メリアは兄であるカリアンから貰った錫杖をぎゅっと握り、それから空を仰ぐ。そこには嘗てと変わらない青が広がっている。何処までも高い空を見ていると、もう戻ることのない日々を思い出して胸が痛む。もう二度と会えない人との思い出も蘇ってくる。メリアがシュルクたちと出会った地でもある、巨神界中層部のマクナ原生林。そこでメリアを護る為に力を尽くし、巨神の血肉へと還っていったハイエンターの衛士たち。監獄島で黒い顔つきに殺められた父ソレアン。そして少し前に巨神胎内で消えていった兄カリアン。カリアンのテレシア化と同時に同じ運命を遂げた多くのハイエンター。この都市も様変わりしてしまった。今はとても、人が住める状態ではない。だが、いつか。いつかこのアカモートを復興させたい、メリアはそうも思っている。仲間であるカルナの弟ジュジュがコロニー6を復興させているのと同じように。生き残った僅かなハイエンターたちと共に。そのためにも、シュルクたちと共に必ずや巨神界と機神界の未来を掴まねばならない。もう一度、その誓いを立てた。

「――メリア」

名を呼ばれ、ハイエンターの少女は振り返る。そこにはダンバンの姿があった。彼は心配そうな目をメリアへと向けていた。だが、何も問いかけてはこなかった。わかっているのだろう、メリアがいま、ひとり何を思っていたか。そして彼から少し離れた場所にフィオルンの姿がある。フィオルンはダンバンのたったひとりの家族であり、彼女もまた悲しみの中を歩んできた。彼女たちの故郷コロニー9が機神兵に襲撃された時、彼女の運命の輪も軋みながらからからと回り始めたのだ。ソレアンを殺めた黒い顔つき。その巨大な機神兵にフィオルンも貫かれたのである。その後経緯の詳細は不明だが、フィオルンは機械化ホムスとなり、白い顔つき――フェイス・ネメシスのコアユニットにされた。機神界盟主であった機神界人(マシーナ)エギルの実妹、ヴァネアによって彼女の肉体にはもうひとつの魂――ザンザの対となる機神メイナスを宿されて。

「あ、ああ。すまない。考え事をしていた」

メリアがそう答えると、ダンバンは苦笑し「そうか」とだけ言った。メリアのその短い台詞だけで、彼は全てを察したのだろう。直後にフィオルンも駆け寄ってきた。肩上までしかない金の髪を揺らして。

「大丈夫?メリア」
「ああ。私は大丈夫だ。フィオルン、そなたは怪我をしてないか?」
「ええ、ありがとう。私も大丈夫」

少女たちのそんな会話を、ダンバンは静かに見つめる。このふたりの間には、友情という名の絆がある。種族も、年齢も、生い立ちも――何もかもが違っても育まれる友情が。それはきっとエーテル結晶よりもきらきらと輝く美しいものであるに違いない。

「あと二体、か」

メリアが言うと、ダンバンも頷いた。残りのターゲットであるテレシアはもっと奥にいる。そこへ向かう途中にもテレシアが闊歩しているはずだ。比較的安全なところまで行き、少し身体を休めよう、とダンバンが付け加える。少女たちはこくりと首を縦に振った。ちなみに、他の仲間たちはエルト海で依頼をこなしている。残りのテレシアを倒したら、エルト海まで戻って合流することになっていた。ダンバンを先頭に歩き始めた。



そこは「比較的安全」なだけで、「絶対にテレシアに襲われない」、とは言い切れない場所。まずはフィオルンが見張りをすることになった。ダンバンは男である自分が一番に見張りをするのが筋だと言ったが、妹は首を縦に振ってはくれなかった。兄が疲れているということを彼女は見抜いたらしい。そのフィオルンも疲れているはずだし、あの肉体に改造された故の疲労もあるはずなのに、とダンバンは思ったがその提案を受け入れた。フィオルンは自分と似て頑固な部分がある。フィオルンは得物を手にしたまま見張りをはじめた。メリアとダンバンは腰を下ろす。メリアはまた遠くへと目を向けている。ここは彼女の故郷。長い時を生きた、大切な地である。それが今やテレシアの巣窟。しかもそれら全てが元はハイエンター。あちこちにはテレシアが破壊したと思われるものの破片が転がっている。思い出が、大切だった者たちの手で壊されていく。記憶の中のアカモートと、現実のアカモートには凄まじいほどの差がある。そう思うと、胸がまた痛み出す。無意識に少女は俯いていた。ダンバンはすぐそれに気付いたが、なんと言葉をかけたらいいのかがわからなくなってしまった。ダンバンの故郷であるコロニー9も、機神兵襲撃で傷付いた。人は喰われ、街は焼かれ、悲鳴があちらこちらで響き渡った。だが、壊滅したわけではない。メリアの悲しみすべてをわかってやりたい。そうは思うけれど、それは叶わないことなのかもしれない。ダンバンの心にも、かつての戦友ふたりがつけた深い傷がある。悲しみを抱えている。だがメリアのものとは色も形も違う。もどかしかった。わかってやりたいが、それが出来ない自分が。

「――ダンバン?」

視線に気付いたメリアが、名を呼んできた。ダンバンは「あ」と小さく声を漏らす。すぐ側にいるメリア・エンシェントという少女は泣いていない。けれど、心の中では泣いている。笑顔を見せてはいるけれど、心は傷だらけだ。激しい痛みの中に立っている彼女。そんな彼女を支えるもののひとつになりたい。ダンバンは願うが、それは言葉にならない。いつだってメリアは弱音を吐かず、前を見て歩いてきた。ぎすぎすとした傷の痛みに耐えながら戦ってきた。テレシアを倒したその瞬間の表情。それがダンバンの目に焼き付いて離れない。

「……」
「いったいどうしたんだ?そなたらしくないな」

ダンバン、そうメリアが彼の名を呼ぼうとした、その時だった。ダンバンは華奢な少女を引き寄せてそっと抱きしめたのだ。突然のことに思えたのはメリアだけだった。鼓動が早くなるのは、ダンバンも同じではあったが。

「――」

伝わってくる体温が、凍てついた心をとかしていく。傷だらけで、血の滲んだそれをあたためてくれる。それを全身で感じ取ることで、メリアはやっと泣くことができた。熱い涙が頬を伝って、そのまま衣服へ染みる。幾つかの雫はアカモートの大地へと落ちていく。ハイエンターの多くの涙が落ちたであろう、故郷の地へと。彼女の悲しみがほんの僅かでも癒やすことが出来たら――ダンバンの想いもまた、淡い光を灯していた。


title:エバーラスティングブルー

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