ゼノブレ | ナノ


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夢の中で泣いていた。何故、泣いていたのかはわからない。夢というものは儚いものだ。夢の中にいる時はそれが全てだというのに、目覚めてしまえば全部消えてしまう。泣いていたことは確かに覚えているのに。少女は横たわったまま深い息をつく。まだ、起きるべき時間ではない。壁掛けの時計と、隣で眠る友の姿が少女に現実を突き付ける。少女は身体を起こす。それから身支度を整えて、部屋を出る。ここはコロニー9。少女――メリア・エンシェントはダンバンとフィオルンの家にある一室をカルナと一緒に借りていた。用事があってコロニー9へ来ると、決まってそうしている。この街が故郷でないもうひとりの仲間、リキはシュルクのところにいる。メリアは静かに扉を閉めた。カルナを起こさないように、細心の注意を払って。

当たり前だが、階下には誰もいなかった。まだフィオルンもダンバンも眠っているのだろう。誰もいない部屋は、先程までいた部屋よりも少し寒く感じられる。窓際に寄り、カーテンに手をかけた。少しだけ開けたその先には次第に明るさを取り戻しつつある世界がある。僅かに窓を開けた。人々の声はあまりしない。メリアはそっと窓を閉めて、もう一度深く息をつく。フィオルンらが起きてくるまで、時間があった。少女は玄関へと向かい、重い扉を開けて、外に出た。柔らかく穏やかな光が降っていくる。頬を撫でていく風もまた陽の光に暖められており、優しい。ハイエンターの証たる頭部の翼にもそれは触れる。さて、どうしたものか、と思っているメリアの前を二匹のノポンが走っていく。高い声をあげながら。そんなノポンを見てメリアは思わず微笑を浮かべた。早起きのホムスたちの話し声もする。こんな平穏がずっと続くよう、自分たちは戦わなくてはならない。メリアはひとり決心をした。錫杖をぎゅっと握って、高い空を仰いで。頬の涙はとっくに乾いていた。



メリアはゆっくりと歩いた。特に用もなかったけれど、こういった散歩もたまにはいいだろう。そう思う少女の足元で草花が首を縦に振るように揺れている。気が付くと少女は見晴らしの丘公園へと続く階段をのぼっていた。見晴らしの丘公園はメリアのお気に入りの場所である。メリアだけではない。フィオルンやシュルクもあの場所を好んでいる。公園には魅力があった。一言では言い表せない魅力が。肩の上で円を描く銀色の髪が跳ねる。メリアの鼓動と合わせるかのように。

「――」

公園には、先客がいた。その後姿は毎日見ているもの。柔らかそうな金髪。手に携えた、神の剣。シュルクである。シュルクはベンチの前に立って、遠くを見ている。メリアがやって来たことには気付いていないようだった。少女は息を呑む。毎日会っている。彼はかけがえのない仲間だ。それなのになかなか声をかけられない。胸に僅かな痛みが走ったのは、気のせいだろうか。メリアは黙していた。シュルクの方も、何も言わない。彼が見ているのはいまのコロニー9ではないのかもしれない。悲しみと苦しみと、そして人々の悲鳴に包まれた――あの時のコロニー9を思い起こしているのかもしれない。その時の話はシュルクからだけではなく、ラインやダンバン、そしてフィオルンからも聞いている。シュルクはあの日――コロニー9が機神兵に襲撃された時、復讐を誓って旅立ったという。メリアは悩んだ。声をかけるべきか否か。このまま何も声をかけずに去るという選択肢もある。けれどそれを選んだら後悔に似たなにかが残るかもしれない。そんな彼女の視線に気付いたのだろう、シュルクは振り返った。メリアの瞳にシュルクが映る。そして、シュルクの瞳にもメリアという少女の姿が映し出される。シュルクは驚いたようだった。

「あ……」

先に声を発したのはメリアの方だったが、言葉にはならなかった。シュルクの方も言葉を探している様子で、ふたりの間で響くのは小鳥の歌声、それから風の音ばかり。青い空が全てを見下ろしている。

「は、早いのだな。シュルク」

やっとそう口にしたメリアに、シュルクは「メリアこそ」と微笑った。そしてベンチに腰を下ろし、メリアにもそれを促す。遠慮がちに少女は彼の隣りに座った。目は遠い景色に向けたまま。メリアは思う。彼――シュルクの隣にいるべきなのは、自分ではない、と。彼にとっての一番はフィオルンだと前からわかっていた。自分のこともきっと大事な「仲間」として見てくれているとは思う。けれども。メリアの心はざわめく。身を引く決意をしたというのに、それなのに。辛い恋だった。はじめての恋だった。これほどまで他者を想ったことなどなかった。だが、はじめから実らないとわかっていた恋でもあった。想いを束ねてそれを彼に渡したら、すべてが毀れてしまう、そんな気がしてメリアはそれをひた隠しにしてきた。シュルクも大切な存在だけれど、フィオルンもまた大切な存在であるから。勿論、このふたりだけではなく、ダンバンも、ラインも、リキも、カルナも――皆が大切な存在であった。ただ、シュルクに向けていた想いの色が少しだけ違っていただけで。今はただシュルクとフィオルンの未来を信じて、それから自分の未来を願って、彼らとともに戦う。手を取り合って、歩んでいく。そこまでわかっているのに、まだ軋む心。鳥は鳴いている。風は吹いている。街は光を浴びて、少しずつ復興の道を歩いている。

「――ここからの景色は本当に素晴らしいな」
「うん。僕も気に入ってるんだ」

辿々しくメリアが言うと、シュルクは頷いてそう言葉を綴る。彼は「いつもより早く目が覚めてしまったんだ」とメリアに言い、メリアもまたそれとにた言葉を返した。そんなふたりの前をちいさな鳥が飛んでいった。あまり鮮やかな羽色ではなかった。さっきから続く歌声がやまないところから察するに、この囀りの主ではない鳥なのだろう。メリアとシュルクは暫く他愛のない話をして過ごした。主にシュルクが話し、メリアがそれを聞きつつといった様子で。話が一段落ついてそろそろ行こうか、と言ったのもシュルクであった。メリアはこくりと頷く。この時間が終わるのはどこか寂しかったけれども、終わらない時などないのだ。終わるからこそ次がある。そう、この想いと同じで。メリアの心にはまだそれが残っている。想いの残滓。暫く消えることはない、とメリアは今朝悟った。けれど、必死になって消す必要もない、とも分かった。いつの間にか彼女は答えを見出していた。それが叶ったのはきっと、いま、彼と少しの会話を交わしたからに違いない。メリアは心の中で呟く。ありがとう、と。夢の中で泣くことも、きっと、もうない。枕を濡らし、彼の名を呼び続ける寂しい夜ももうこない。恋の終わり。それは昔思い描いたものとは違う、様々な色に満ちた終着点。けれど、この朝のことを思い出すこともあるだろう。たとえば、あの鳥の歌を聞いた日に。


title:恋をしに行く

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