ゼノブレ | ナノ


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コロニー9は晴天だった。季節は夏である。じりじりと照りつける太陽光が肌を焼く。気温はじわじわと上がっていき、街を行き交う人々の会話には「暑いね」「暑いな」などといった言葉が高確率で混じっている。屋根に止まっている鳥もあまりの暑さに嘴を開けて苦しそうな表情をしている。身体が黒だからなおのこと。メリアは正面口からコロニーへと入った。あの旅が終わって一年半が経過していた。メリアは久しぶりにここ、コロニー9へとやってきた。もちろん、かつての仲間たちに会うためである。モナドを受け継ぎ、新たな未来を切り開いた少年シュルク。その幼なじみでコロニー9の防衛隊員でもあるライン。旅では保護者的ポジションに立っていたホムスの英雄ダンバン。そしてそのダンバンの実妹でありシュルク、ラインの幼なじみの少女フィオルン。四人とは長い間会っていなかった。皆、忙しくしているのだ。新しいこの世界は光が満ち溢れている。すべての民がその光の下で、幸せを掴みながら生きているのだ。メリアは居住区を目指した。居住区には憩いの広場と呼ばれる場所があり、そこで待ち合わせているのだ、シュルクとフィオルンと。ラインは訓練中のため、夕方にダンバン邸へと直接来ることになっている。ダンバンは自宅で三人がやってくることを待っているという。
暑い中を黙々と歩く。人々はまだ暑さを訴えていた。メリアももちろん暑いと思ったが、マクナ原生林の蒸し暑さと比べれば大したことではないとも思った。メリアは上層部からマクナ原生林を抜けて、そこからザトール、ガウル平原、テフラ洞窟を越え、ここまでやってきたのだ。あの旅で経験を積んでいるから出来たことである。普通のものならマクナ原生林で迷ったり、恐竜を思わせるモンスターに襲われて巨神の血肉へと還っていたかもしれない。メリアは手にしている錫杖をぎゅっと握りしめながら歩いた。商業区は活気であふれていた。ノポン族の作った野菜は新鮮で美味しい、だの、あの店のカレーが美味しかった、だの、様々な声が飛び交っている。食べ物の匂いもした。中央区へと向かい、それからやっと居住区に入った。子供たちが駆け回っている姿が見られた。無邪気な笑い声。メリアは思わず小さな笑みを落とす。この街がメリアは好きだった。シュルクたちの故郷であるからかもしれない。大切な人たちの大切な場所。平和になった、コロニー9。ホムスやノポンだけではなく、生き残ったハイエンターとマシーナの姿も見られるこの街が。

「メリア!」

広場に到着した彼女に、懐かしい声が降りかかる。その隣に座っている少女は右手をひらひらと振っている。

「フィオルン、シュルク」
「久しぶりだね、メリア。元気だった?」
「ああ。フィオルン、身体は大丈夫か?」
「うん、ありがとう。メリア」

フィオルンは柔らかく笑んだ。長く伸びた髪が時間の経過を思わせる。ごく普通のホムスの身体に戻れた少女は幸せそうだった。あの冷たい身体をし、少し悲しげな表情をしていた少女はもういない。シュルクも元気そうだった。見たところ彼には変化がない。一人で下層まで来たメリアとは違い、フィオルンとシュルクは旅をしていた頃のような装備をしていなかった。メリアはあの頃手に入れたものを装備している。手に武器があるのもメリアだけだった。座ったらどう?、とフィオルンに言われ、メリアはフィオルンの隣へ座った。シュルクとメリアが彼女を囲むように。さぁっと生暖かい風が吹いた。太陽はなおもじりじりと照りつけている。木の下にいるものの、とても涼しいとは言えない。先ほど言ったようにマクナほどではないのだが。

「お兄ちゃんはお昼ご飯食べちゃったの。メリアはまだでしょう?」
「ああ、そうだがフィオルンたちもまだなのか?」
「僕たちメリアを待ってたんだ」

シュルクがからからと笑う。メリアもそれにつられた。フィオルンが一番に立ち上がる。そして右手をシュルクに、左手をメリアに差し伸べる。そして澄み切った緑の瞳を二人に向け、行きましょう、と口にする。ここで話すのも暑いし、話を他人に聞かれてしまう可能性もある。別に聞かれて困る話などしないのだが、やはり気になるのだ。適当なお店に入れば涼しいし、そこはきっといろいろな話声で溢れているはずだからここのようにはならないだろう。二人はほぼ同時に立ち上がった。彼女の手を握りしめて。

「どのお店へ行く?」

フィオルンとシュルクが考え始めた。メリアはこの街に住んでいないため、情報量も乏しい。二人に任せるのが最善の選択である。シュルクは首を捻った。三人の上空を大きな鳥が飛んでいく。ばさばさという羽音までよく聞こえた。メリアがその鳥を目で追っている間も、シュルクとフィオルンは話し合っていた。そうこうしている間に五分ほどが経過してしまった。メリアはシュルクとフィオルンを交互に見つめた。そろそろ話がまとまらないものか、と思いながら。すると二人が頷いた。どうやらどのお店で昼食をとるかが決まったらしい。シュルクが歩き出す。僕についてきて、と言いながら。メリアはフィオルンの隣へと駆けた。一体どこに行くのか、と聞くとフィオルンはまた笑った。前に私とシュルクとラインで行ったお店なの、と。それだけではよくわからなかったが、メリアはそれ以上問いかけなかった。二人が良いと言ったのなら、自分が何か言う必要はないと。少女たちは少年を追いかけた。


「美味しかったね」

一番に店の外に出ていたシュルクが言う。一番最後に出てきたのは会計を済ませたフィオルンだ。メリアもシュルクも自分の分は払うと言ったのだがフィオルンが「今日は私に払わせて」と言って聞かなかったのだ。奢ってもらう理由も無かったのだが、フィオルンが強く言うのでシュルクとメリアは頷いてご馳走になることにしたのだ。その代わりに次は自分たちが奢ると約束をした。メリアにとっての「次」はかなり先になってしまうのだけれど。シュルクの言葉に少女たちは首を縦に振る。また来たいな、とフィオルンがぽつりと呟くように言うと、メリアもまたそれに続いた。
商業区でフィオルンが買い物をするというので、メリアはそれについていくことにした。今夜は五人でフィオルンの手料理を食べるのだ。メリアは料理をするフィオルンの手伝いが自分には出来ないとわかっていたので、せめて買い物ぐらい手伝いたいと思ったのである。シュルクは先にダンバン邸へ向かうと言った。女同士話したいことがたくさんあるのだと知っているかのようだった。侮れないな、とメリアは頭の中で呟く。商業区にはたくさんの店がある。フィオルンはノポン族の営む八百屋へと入った。メリアがさっき聞いた店だった。フィオルンは野菜が好きなので、彼女の料理にはたくさんの野菜が使われる。苦手だなと思っている野菜も、彼女の手にかかればとても美味しく食べられるから不思議だ。フィオルンはそれほど料理が得意だった。兄と二人暮らしをしているからなのかもしれないが。八百屋の後は精肉店、精肉店の次は魚屋へ。メリアはいくつか袋を持った。重たくないと言ったら嘘になるのだが、ありがとうと微笑む彼女を見るだけですうっと軽くなったような気がした。買い物をしている間も、フィオルンとメリアはいろいろな話をした。語りたいことは山ほどある。旅をしているときのこと。今のこと。未来のこと。フィオルンが語るものには、決まってシュルクの存在があった。これほどまでに彼女は彼を想っているのだと、改めて気付かされた。メリアはふたりの幸福を願った。これくらいしか出来ない、そんな風に思いながら。太陽がゆっくりと西へと歩み始めた。


「これくらい買えば大丈夫かな?」

フィオルンが自分とメリアの腕にかけられている買い物袋を見て言った。袋はどれもこれも膨らんでいる。先ほどよりも太陽は傾いていた。もうラインもダンバン邸に着いているかもしれない。彼は訓練をして、お腹を空かせているはずだ。自分たちはそれほど空腹ではないけれど、食べ物が並べられればしっかり食べられるだろう、それくらいにはなっていた。もうしばらく経てば、空は黒く染まり、ビーズをぶちまけたように星々が輝き始めるだろう。少女たちは肩を並べて駆けていく。家はもうすぐだった。メリアはもう一度だけ願った。同じことを。傍らの少女は気付いていない。彼女の想い人もまた、気付いていない。それは密やかな願い事だった。夏の星空は明るい。大きな白い鳥が翼を広げている。星に願いをかける少女の横顔はほんの少しだけ、さびしそうだった。


title:臍

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