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「どこも怪我はないか?メリア」

そう言ってダンバンが振り返る。ここは燐光の地ザトール。訳有ってこの地を再訪した私たちは、二日程前からモンスターと戦う日々を送っていた。もうすぐ夜である。ザトールの夜は恐ろしい程に美しい。濃霧の漂う幻想的なこの地は、夜になると木々が光るのである。それと同時に、危険な場所でもあった。体を蝕む毒の沼。好戦的なモンスター。普通の人間ならばまず訪れない場所。それがここ、燐光の地ザトールなのだ。

「ああ、大丈夫だ」

私はそう答える。ダンバンは「なら良かった」と言葉を紡いで静かに頷いた。私たちは今、ふたりきりであった。シュルクはフィオルンとリキと、カルナはラインと行動を共にしている。やるべき事を済ませたら比較的モンスターが少ないオベリスクに戻ることとなっていた。私とダンバンはイグーナ族と戦いを終えたところであった。ホムスの英雄と謳われるダンバンは、安心したようでふう、と深い息を吐く。実際、私にも彼にも怪我は無かった。連戦後だから少しは疲れているが、手足に血が滲んだりはしていない。戻ろう、そうダンバンが口にした時だ。頭上から鳥のようなモンスターが襲いかかってきたのは。

「――危ない!」

ダンバンが叫ぶ。それと、ほぼ同時に彼が私を突き飛ばした。モンスターの鋭い爪がとらえたのは、先程まで私がいた場所にいるダンバンの身体――。目まぐるしく移り変わった現実に私の体は心は震えた。ダンバンが私を庇ったのだ、と気付いたのは数秒後。その間に、彼は痛みに堪えながら刀でモンスターへと斬りかかる。輝く燐光によって鈍い光を放つ刀によってモンスターは倒れ、大地へと落ちる。荒い息のダンバンが私を見た。いつもと変わらない優しい目。だが、そこには痛みが存在している。

「ダンバン…!!」

私は彼の名を呼んだ。いや、叫んだと言った方が正しいか。ダンバンの衣服や肌は血で汚れている。傷も痛々しくこちらを向いている。ダンバンは何事もなかったかのように私の側へと歩み寄ってきた。だが、彼は足を引きずっている。

「ダンバン!」

もう一度叫ぶ。すると彼は全てを察したようで、その場で立ち止まった。私は急いでヒールギフトを唱える。自らの体力を仲間に分け与える技だ――ダンバンの傷が僅かにだが癒える。同時に私へどっと疲れが押し寄せてくる。だがこの程度の痛みではないだろう、ダンバンが受けたその痛みは。ダンバンは数秒経過してから私に近づく。大きな手が私の肩に乗せられる。あたたかい。そして、優しい。私を庇って怪我をしたというのに、私がモンスターに気付いていたらこんなことにはならなかったのに――後悔と、無力さが同時に襲いかかってくる。

「メリア。俺なら大丈夫だ」
「……ダンバン――」
「それに、お前に怪我がなくて良かった」

そう言ってダンバンは微笑んだ。それは本当に優しげな微笑みだった。こんな彼だから、私は彼を好いたのかもしれない。「英雄」と呼ばれ多くの人間から讃えられる人物でありながら彼は気取らない。いつだって私のことを、私たちのことを守ってくれている。シュルクやラインも彼のことを尊敬しているし、妹であるフィオルンもそうだ。カルナとリキも同様である。勿論、私だって。私はこくりと頷いた。応急処置としてヒールギフトを唱えたが、完全に彼の傷が癒えたわけではない。戻ったらカルナに診てもらうべきだ。私がそう言うと、彼は「そうだな」と答えた。カルナは治癒エーテルを専門としている。彼女にヒールをかけてもらえば、傷もあとを残さず治るであろう。

「行こうか、メリア」

ダンバンは言う。私も頷く。もう夜である。たくさんの木々が光を放っている。エルト海の景色も幻想的で好きだが、ここも私は好きだった。数歩先を行くダンバンを私は追い抜いてその足を止める。ダンバンは疑問符を浮かべて戸惑っていた。私はすっと手を差し伸ばした。

「……メリア」

彼は驚いている。私も、心臓がばくばくいっていることを隠せない。少しの間を置いて、彼は笑った。そして、私の手を取ってくれた。ダンバンの大きな手に、私の小さな手。初めて手を繋いだ。彼が怪我をしたから支えたい、そういった願いがそこには横たわっている。ただ甘いだけの行為ではないけれど、想いもまた確かなもので、ダンバンはぎゅっと私の手を握り返す。彼とならば――彼らとならば、どんな苦しみも乗り越えていける。ダンバンは私の歩くスピードに合わせてくれていた。ちらりと彼の横顔を見れば、少し頬が紅潮しているように見られたのは見間違いだろうか。光の中を私たちは手を繋いでゆっくりと、だが、しっかりと進んでいった。


title:シンガロン
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