xenoblade
大空によく似た色の瞳が、陰っている。心配そうな眼差し。それに映るのはベッドに横たわる彼の姿。午後三時過ぎ。メリアは自らを庇って怪我をした彼の横でずっとその人物のことを見つめている。彼の名はダンバン。嘗ての戦いの活躍によってホムスの英雄と謳われる男。今はシュルクやメリアたちと共に旅をする大切な仲間だ。その仲間が怪我をしたのだ。巨神脚でのモンスターとの戦いで。その時、一行は二手に分かれていた。シュルク、フィオルン、ダンバン、メリア。そしてもう片方がライン、カルナ、リキ。シュルクたち四人は名を冠するモンスターとの戦いを繰り返し、ラインたちはアイテムを収集する為何処までも広がる緑の大地を駆けまわっていた。シュルクたちは順調にモンスターを倒していったのだが、最後のターゲットは桁違いの強さを誇っていた。モナドを受け継ぎ未来を垣間見る力を得たシュルクと、機械化されたことによって強大な力を刻まれたフィオルン、触媒なしでエーテルを制御しエレメントを召喚することの出来るメリア、そしてあの英雄ダンバンだ。そんな四人ですら手こずったモンスター。凄まじい力だった。ダンバンは攻撃をかわしきれず、大きな傷を負ってしまったのだ。エレメントを召喚中のメリアに向けられた牙や爪。ダンバンは彼女の名を叫び、その声が彼女の耳に届いた頃、嘗ての英雄は彼女を突き飛ばした。大地にふしたメリアがよろよろと立ち上がった時、ダンバンの視界は赤に染まっていた。フィオルンの悲鳴がした。シュルクも彼の名を呼ぶ。メリアは目の前に広がる現実を否定したかった。だがそれは出来なかった。自分は少しのかすり傷。そんな自分を庇って彼は大怪我をした。混乱の中、シュルクがモンスターに斬りかかる。モンスターがどっと倒れる。そして彼の側へと駆け寄るフィオルン。シュルクも彼女に続き、ヒールを唱える。メリアが掠れた声で彼の名を繰り返す。自分が隙を見せたせいで大切な仲間が傷を負った。ダンバンはそんなメリアの事を見て、僅かに笑った。「そんな顔をするな」と。いつもと変わらぬ優しげな表情の奥に、痛みに堪える姿が見えた。いつもと変わらないあたたかな声の向こうに、それとは違った温度のなにかが感じられた。シュルクはダンバンに肩を貸す。応急処置を施した程度だからカルナにちゃんと診てもらいましょう、と言いながら。カルナは治癒エーテルを専門とする女性だった。フィオルンも頷く。蹌踉めくメリアに手を差し伸べて。その手は冷たい。彼女の身体は大部分が機械化されているのだ。メリアはその手を取り、一歩先を行く彼の後ろ姿を見つつ涙を堪える。泣いてはいけない。絶対に、泣いてはいけない。フィオルンはそんなメリアに何も言わなかった。優しい沈黙だった。その優しさがしみる。空はどこまでも澄み渡っていた。
*
メリアはダンバンのことを見つめ続けていた。カルナによって傷が癒やされたダンバンのことを。彼女は「もう大丈夫よ。心配はいらないわ」とメリアの肩をたたいて少し前に部屋を出て行った。少し横になっている必要はあるけどね、と付け加えて。階下には他の仲間がいる。メリアは横たわるダンバンとふたりきりだった。少し開けられた窓からは澄んだ空気が入ってくる。白いカーテンが揺れる。ベッドサイドのテーブルに置かれているのは赤い花の生けられた花瓶。メリアは何度も何度も心の中で自分を責め、そして彼の名をつぶやき続けている。優しく、強く、そして前向きなダンバン。そんな彼のことをメリアは好いていた。何かと自分のことを守ってくれる彼の姿に、時々兄の姿を重ねることもあった。けれども、兄に向けていた想いと彼に向ける想いは色も形も、温度すら違う。メリアは泣きそうになる。だが、いつダンバンが目を覚ますかわからない。泣くわけにはいかない。涙のあとに気付かないほどダンバンは鈍感ではない。
「ダンバン……」
ハイエンターの少女は、彼の名を口にした。ずっと胸の中で呼び続けていた名前が、声となって空気を震わせる。彼はまだ眠りに落ちている。彼は夢を見ているのだろうか。それとも何も見ずに別世界にいるのか。はっとしてメリアは時計を見る。もう夕刻と呼べる時間帯だった。まだ彼は目覚めない。どこか遠くへと行ってしまうのではないか、そんな不安がよぎる。カルナの言葉を忘れてしまったわけではないのに。ずっと堪えてきた涙が溢れそうになった。もし、自分のせいで大切なひとがいなくなってしまったら――?目の前でまた誰かが去って行ってしまったら――父を失った時の痛みが、悲しみがよみがえってきそうだった。監獄島。あの日のことも忘れることはない。メリアは首を横に振ってネガティヴなものを振り払おうとする。ざあっと風が入って来た。空は茜色に染まりつつある。青が赤へ、それから黒へ。メリアは再びダンバンの名を呼んだ。その時だった。ダンバンがゆっくりと目を開いたのは。
「……メリア」
名前を呼ばれただけ。ただ、それだけのことだった。それだけのことで、メリアの双眸から熱い涙がこぼれ、白い頬を伝って落ちていった。ずっとずっと堪え続けてきたのに、とメリアは思ったが止められなかった。涙声でメリアが言う。すまなかった、と。私のせいでこんな目にあわせてしまって、と。ダンバンが静かに体を起こす。そしてその大きな手を少女の涙を拭った。あたたかな手は小さな少女の頬に触れ、そのぬくもりを届ける。メリアの涙はそれでも止まらない。ダンバンは微笑する。自分は大丈夫だ、と。何も心配は要らない、と。その言葉はどこまでも優しかった。雨に打たれて震える小鳥の雛のようなメリアを支え受け入れる言葉は。
「――メリアが無事でよかったよ」
だからもう無くな、とダンバンは言う。自分はメリアの盾となるべきなのだから気にするな、と。そして何度も何度も戦いの中でお前に助けられてきたのだから、とも。メリアは顔を上げる。絡まった視線。ダンバンの穏やかな笑みに、メリアの心が温まっていく。ダンバンは手をメリアへと差し伸べる。それを、メリアは戸惑うことなく掴み、握る。ああ、彼が彼でよかった。そんな想いを胸に秘めて。もうじき夜になる。カルナかフィオルンあたりが呼びに来るまでふたりはお互いの手のぬくもりを感じていた。
title:空想アリア