xenoblade
柔らかな風が吹いている。それは青々とした木々の葉と舞い踊り、小鳥たちの歌声を運ぶ。暖かで、優しい時間が流れていた。平和。その言葉が何よりも相応しい。そんな風に感じられるほどに。実際今はそうだ。しかし、この街もまた悲しい過去を抱えている。機神兵の襲撃。人が喰われ、建物は焼かれ、絶望がすべてを包んでいた。だが人間とは逞しい生きものだ。今、この街は活気と笑顔で溢れている。悲しい過去を忘れたわけではない。それらが消えてしまったわけでもない。人々はそれらを乗り越えて今という未来を掴んだのである。コロニー9――巨神の脹脛にあたる街は。
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「なに?お兄ちゃん」
視線を感じたのだろう、フィオルンが言った。金色の髪を、少しだけ開いた窓から顔を覗かせる風が揺らしている。兄であるダンバンは笑んで「なんでもないさ」と答える。兄妹は仲良くふたりで生活をしていた。年の離れた妹を、ダンバンは時に父のような目で見つめて支えてきた。フィオルンも兄とふたり暮らしであるからだろうか、同年代の少年少女と比較すると大人びた一面を見せる。壁にかけられた時計は正確に時を刻み、秒針の音が兄妹の間を縫うように響かせた。フィオルンもダンバンもどうやら少しそわそわしているようだった。その理由は何か――そう、久しぶりに「彼女」がこの街にやって来ることになっているのだ。メリア・エンシェント。かつてフィオルンやダンバンが共に旅をした仲間である。ハイエンターの少女であるメリアは、フィオルンにとって親友と呼べる存在でもある。勿論、ダンバンとメリアも強い絆で結ばれた関係である。そのメリアがやってくるのだ。ホムスやノポンだけでなく、生き残ったハイエンターや機神界人(マシーナ)の姿も多く見られるようになった、この街に。風は、どこか懐かしい。
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「美味しい料理、たくさん用意して待ってるね」
メリアがコロニー9に到着したのは、午後二時を過ぎたあたりだった。やって来たばかりのメリアと、彼女を待っていた兄ダンバンにフィオルンは微笑みながらそう言った。メリアはコロニーに滞在する間、ここダンバン邸で身体を休める。空き部屋があって良かった、と毎回兄妹は思う。あの旅の途中、訳があってこの街に戻ることもあった。その時も同様、メリアは兄妹の家にある空き部屋で眠っていた。そんな事を思い出しつつ、メリアはダンバンの一歩後を歩んでいく。
「元気だったか?」
ハイエンターの証たる頭部の翼を風に任せつつ、メリアが問えばダンバンは頷く。シュルクもラインも元気にしている、と答えながら振り返ってみれば少女は笑っていた。なら良かった、と口にしつつ。久しぶりに会うメリアは、あの頃と然程変わっていない。だが思うことはある。あれから彼女はどれだけの夜をひとりで過ごしてきたのだろう、と。ダンバンには血を分けた妹がいる。だが、メリアの最愛の兄カリアン・エンシェントはあの戦いの中、命を落とした。父親であるソレアン・エンシェントもカリアンも、故郷をも失ったメリアの悲しみは計り知れない。あれからメリアはどのような思いで生きてきたのだろうか。もしかしたら彼女自身の戦いはまだ終わっていないのかもしれない。
「どうした、ダンバン。そなたらしくない顔だな」
不審に思ったのだろう。メリアがダンバンを追い抜いてそんな事を口にする。ダンバンは一瞬戸惑った。今、胸の中に芽生えた疑問。それを言葉にしたらきっと彼女のことだから答えてくれるだろう。でも、そこまで踏み入っていいのだろうか?かけがえの無い仲間であるが故の距離というものも必要ではないのだろうか?そういった疑問符をダンバンは首を振ることで掻き消して、また微笑んでみせる。彼女の肩に、手をやって。そこから感じられる温もりが優しく彼の心を包んだ。メリアも微笑みを返す。周りの人々の声も聞こえない。目線も気にならない。ふたりの世界に、一輪の花が咲いたかのようだった。
「あの場所に行きたい。付き合ってくれるか?ダンバン」
「勿論だ。メリア」
温かいものに包まれながら、ふたりはそんな言葉を交わす。そして歩んでいく。今度は肩を並べて。あの場所へ。燦々と降り注ぐ光の中を。手は繋いでいない。けれど、それではない何処かが繋がっている。それは目に見えないものだけれど、強く結びついており解けることはない。階段を上がっていく。乾いた音を響かせながら。向かうは見晴らしの丘公園。メリアはコロニー9へ来ると決まってそこへ行き、目の前に広がる全てを見るのだ。今日は彼と一緒だ。前にひとりで見た時や、友であるフィオルンと見た時と、その光景や色彩は異なって見えるかもしれない。鳥が飛んで行く。白い翼で風を切って。世界を見つめるメリアの傍らで、ダンバンは彼女の姿を目に焼き付ける。それから、視線をスライドさせた。いま、ダンバンは、メリアは、同じものを見ている。
「またダンバンに会えて嬉しく思う」
メリアの言葉が胸に響く。飾らない言葉だから、余計に強く響く。まだまだ自分たちの未来は大きくて、予想の出来ないものだ。何が起きるかはわからない。喜びもあれば、きっと悲しみもあるのだろう。また、躓いてしまうこともあるかもしれない。それでも、その未来はきっと輝きを失ったりはしない。大切な人が側に居る。それだけで未知の世界を歩いていける気がした。時がすべてを引き裂くその日までは、自分たちは支え合って行きていけるに違いない。シュルクやライン、フィオルン、そしてカルナやリキ。大切な人たちが生きる世界で、彼らと共に生きていける。メリアとダンバンは、改めてそれを感じた。小鳥の歌声はまだやんでいない。風は、吹いている。
title:エバーラスティングブルー