ゼノブレ | ナノ


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その日は酷い雨だった。そのせいで身体が冷えたのだろう。メリアが熱を出した。彼女はフィオルンが作った熱いスープを飲んで、それからまた横になっている。メリアは大丈夫だと何度も繰り返したが、皆が彼女に寝ているよう言った。申し訳無さそうにベッドへと入った彼女は、荒い息をしていた。色白の肌も赤くなっている。仲間たちは心配そうな顔で彼女を見つめ、彼女が眠りに落ちるのを見届けた。その後は交代で彼女をみることにした。今、彼女をみているのはカルナだ。



「――どうだ、メリアは」

巨神界下層に位置する街、コロニー6の宿。階下へと戻ってきたカルナに、ダンバンは問う。彼の表情は暗い。心配でならない、といった顔だ。そんな彼の姿を見つつカルナは答える。

「熱はまだ下がらないみたいね」
「そうか……」
「でも、大丈夫よ。栄養たっぷりのスープも飲んだし、私も出来る限りのことをしたわ」
「……ああ、そうだな」

ダンバンとの会話を終えると、カルナは少し弟の所に顔を出す、と言って宿を出た。彼女の実弟であるジュジュは、この街の復興活動の中心に立つ人物でもある。シュルク、フィオルン、ラインより幾つも年が下のジュジュであるが、彼には統率力も実行力もあり、コロニー6がここまで復興したのは彼のお陰と言っても過言ではないだろう。この街に戻るとカルナは決まって弟に会いに行く。彼女にとってとても大切な存在なのだ。フィオルンという妹を持つダンバンにはその気持ちがよく分かる。カルナが去ってすぐ、何やら買い物があると言って宿を出たリキが戻ってきた。リキはノポン族であり、「今年の伝説の勇者」である。ダンバンたちとリキは、マクナ原生林の奥深くにある「サイハテ村」というノポンが暮らす村で出会った。因みに緑溢れるマクナは、シュルク一行とメリアと出会った場所でもある。

「ただいまだも!」
「ああ、おかえり」

リキがいつもの様にくるくると回ってみせる。彼は街で何本もの花を買ってきたらしい。ピンクや白、黄色、紫などの花が自慢気に咲いている。葉は青々としており瑞々しい。

「――これは?」

ダンバンは問いかけた。いや、「問い」というよりは「確認」と言った方が正しいのかもしれない。リキはぴょん、とバネのように跳ねる。

「これだも?これは、メリアちゃんに買ってきたんだも!メリアちゃんは、お花が大好きなんだも。勇者リキが買ってきたこのお花を見たら、メリアちゃん、元気になるに違いないんだも!」

小さな勇者は、再びくるくると身体を回転させる。ダンバンは時々思うのだ。リキが自分以上に大人に見える時があると。実際の所、リキの方がダンバンよりも長い時を生きている。だが、ホムスとノポンの年齢を同列に考えるのは何かが違う気がした。その小さな体に大きな勇気と優しさを持ったリキ。あの夜――落ちた腕で彼はダンバンに兄としてフィオルンやシュルクを見守るよう言い聞かせた。あれから、ダンバンはリキにそういった思いを抱くようになった。誰よりも幼いと思っていたリキは、誰よりも大人びていた。愛する妻と共に多くの子どもを育てたという、立派な父としての顔を見せる彼は。そのリキが買ってきた花はメリアが特に好みそうなものであった。ダンバンが暫くそれの方に視線を向けていると、リキはそれに気付き、ふたたび口を開いた。

「ダンバン、メリアちゃんの所へ行くんだも?」

見透かされている気がした。ダンバンは頷いた。時計の針が時を刻む音ばかりが酷く高く響く。

「ダンバン、この花を持っていくも」
「俺が、か?」
「そうだも!」

リキはまた跳ねて、それから笑う。何かを言いたそうな顔をしている。ダンバンはそれについて問おうとしたが彼は二、三回跳ねるとまた宿を出て行ってしまった。残されたダンバンの手には色とりどりの花の束。押し付けられたような気がしないでもなかった。だが、リキが言う通りメリアは花が好きだ。きっと、喜ぶだろう。自分が花を持っていくのは少し恥ずかしいというか、むず痒いというか――兎に角複雑な気持ちではあるが、リキの気持ちを無駄にする訳にはいかない。ダンバンは立ち上がった。



誰かが階段を静かに上がってきた――メリアはそっと瞼を開く。天井が自分を見下ろし、カーテンは僅かに開けられた窓から入ってくる微風に揺れている。時計を見れば午後二時半を回ったあたり。だいぶ眠っていたらしい。熱っぽさはまだ抜けなかったが、先程よりはマシのような気がした。そこまで考えたところで、ノックの音がした。コンコン、と遠慮がちに叩かれる扉。メリアが答える。自分の声のか細さに、自分でも驚きつつ。

「メリア、具合はどうだ?」

ダンバンであった。彼は花を手にしている。彼自身それが少し恥ずかしいのか、すぐにそれをベッドサイドの花瓶に生ける。もともと白い花が数本生けられていた花瓶。一気に部屋が華やぐ。メリアが問う前に、ダンバンは言う。これはリキが用意してくれたものだから、と。メリアはくすくすと笑った。ダンバンはというとそんな少女を見て「少しはよくなってきたみたいだな」と返した。

「皆に心配と迷惑をかけたな……」

そう小声で言うメリアに、ダンバンは苦笑いしつつ首を横に振る。心配をしているのは事実だが、迷惑などとは全く思っていない、と。ダンバンはメリアの首筋に指先を這わす。伝わる熱度に驚いたのはどちらだっただろうか。

「少しは熱が下がったみたいだな」
「そうだな――リキ、それとフィオルンやカルナにも礼が言いたい」

後で呼んできてくれるか?とメリアが言えば、ダンバンはすぐに頷く。フィオルンのスープとカルナの治療。そしてリキが用意してくれた、鮮やかな花々。

「勿論、ラインとシュルク……それにダンバン、そなたにも感謝している」
「……そうか、後でふたりも呼んでくるさ」
「ああ――ありがとう、ダンバン」

メリアはそう言うと、再び瞼を閉じた。ゆっくり体を休めるべきだ。ダンバンは彼女がまた眠りに落ちるのを確認してから、彼女から離れる。窓の向こうから風の音と小鳥の囀りが聞こえた。大丈夫だ、きっともうすぐよくなる。ダンバンはそう思った。階下におりても、指先に彼女の熱度が残っている。それに戸惑っている間に、シュルクとフィオルン、そしてラインが戻ってきた。昨日こなした依頼の報告と、メリアに何か栄養のあるものを作る為の買い物に行っていた三人だ。ラインが荷物を抱えている。シュルクはまた幾つかの依頼を受けてきたらしい。フィオルンはというと戻ってきてすぐにダンバンにメリアの事を尋ねると、キッチンへと走っていった。フィオルンは宿の女将に頼み込んでキッチンを使わせてもらっているのだ。彼女の作るスープは栄養満点で、ダンバンが珍しく体調を崩した時にも作ってもらったものなのだ。それの効き目は素晴らしいもので、シュルクもそのスープに助けられたことがある。

「早く元気になって欲しいですね、ダンバンさん」

シュルクが言うのでダンバンはああ、と首を縦に振って答える。あとで来て欲しいと言っていた、とシュルクとラインに言うと彼らも頷いた。フィオルンのスープが出来たら届けに行きつつ様子を見よう、そんなことをふたりは話していた。ふたりの会話を耳にしつつ、ダンバンは外を見る。まだ夕方と呼ぶような時間ではない。どこまでも澄み切った青い空。メリアの瞳の色を思わせる、そんな色をした大空はいつもと変わらない顔で世界を見つめ続けていた。


title:シンガロン
twitterでのリクエストは「首筋/指先/熱でダンメリ」でした!

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