ゼノブレ | ナノ


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運悪く、雨が降り始めた。大地を責めるかのように降り頻る雨。私は雨を凌ごうと巨木の下へと急いだ。ここはマクナ原生林。雨宿りが出来そうな場所は多い。出来れば早くマクナから出たかったけれど、この天気では飛んでいくのも大変だろう。私は長い溜息を吐いてから、遠くへと視線を投げる。この森は生命で溢れている。ノポン族が生活する村もある上に、多くのモンスターが生きる地でもある。足元に目をやれば、薄紅色の花が揺れていた。綺麗な花だ、とは思うが名前はわからない。だが、その優しげな色と控えめに咲く姿が気に入った。あの少女ならばこの花の名も一発で当ててみせるのだろうか。私は一瞬そんな事を思い、すぐさま首を横に振る。自分にまとわり付いたそれを振り払うかのように。そんな私を、鈍い色をした空が見下す。





「雨…か」
「心配なのか?」

ひとり呟いたラインのもとに聞き慣れた声が降りかかる。え?と疑問符を浮かべながらラインがその声の主の方へと目を向ければ、そこには頭部に小さな翼を持ったハイエンターの少女が自分のことを見ていた。メリア・エンシェントである。ふたつの大きな瞳は青い空を思わせる色をしており、その綺麗な目には自らの姿が映っている。

「心配って、何がだ?」

ラインが聞き返すとメリアが苦笑する。

「――タルコのことだ、隠そうとしても私にはわかる。彼女のことを考えていたのだろう?」

そう少女が言う。ラインははっとして、それから頭を掻いた。隠そうとしてもメリアにはわかってしまうのだ、そう気付きながら。ラインの特徴的な赤い髪が冷たい風で揺れている。自分にはシュルクが、フィオルンが、ダンバンが、カルナが、リキが、そしてメリアがいる。だが、あの少女は独りだ。たったひとりでこの広い巨神界に生きている。不安も、悲しみも、怒りも――そういった感情を分け合う仲間もいない彼女のことが、ラインはどうしても気になって仕方がなかった。自分は不安や悲しみや怒りを分けあって、より小さきものにすることが出来る。でも、ハイエンターとホムスの間に生まれたというタルコはそれが出来ない。彼女は今、どんな表情で何を見ているのだろうか。

「……」

ラインは黙り込んだ。メリアも再び苦笑いをし、それから青々と生い茂る木々の方へと目を向ける。雨の森。いつもと少し違った、暗い森。

「私は――ダンバンの言葉を信じたいと思う」
「ダンバンの?」
「ああ。『タルコも思いは同じはずだ、いつか同じ道を歩める』、彼はそう言った。私はそれを信じて歩んでいきたい」

今は違う道を歩んでいる。だが、そのふたつの道はいつか交じり合い、一本のそれとなる。そう信じている。メリアの前向きな言葉に、少しだけ冷えていた彼の心が温まっていく。ラインはやっと微笑うことが出来た。あの時は冷静に受け止める余裕がなかったけれど、今は違う。ダンバンの言葉が胸へと響く。同じ道。その道も険しいものかもしれない。それでも支え合って歩むことが出来るのなら――ラインは空に目を向ける。いつの間にか、雨はやんでいた。水溜りにやっと顔を出した青空が映し出されている。

「次に会う時はさ、なんかもっと話とか出来ればいいよな!」
「ああ。そうだな…」

ラインとメリアは、歩きながらそんな会話をした。そして彼は彼女に、タルコのことを何度も何度も尋ねた。だが、メリアも知っていることは少なかった。そんなメリアの答えにラインは肩を落とすこともなく、ただ笑った。「なら次に会えた時に聞こうぜ」と。どこまでも前向きなラインにメリアの方も笑ってしまう。メリアは問わなかった。何故、ラインがそこまでタルコのことを問いかけるのかを。問わずともわかっていたから、かもしれない。自分が見つけた答えは正解に限りなく近いものなのかもしれない、とまでわかってしまったから、かもしれない。雨で濡れた木々は水を落とし、そのぽつぽつとした音が命の溢れる緑の世界で響いていた。もうすぐ、シュルクたちが待つ花畑だ。いつの間にかその場を離れたラインと、彼を追いかけて行ったメリアのことを彼らは待ちわびているに違いない。





「――」

私はその様子を最後まで見て立ち去った。赤毛のホムスとメリアが私の話をしているのを。かつては敵として対峙し戦ったことさえある私のことをあの男とメリアは気にかけているようだった。因縁の相手でもあるメリアはともかく、何故あの男が、という疑問が浮かび上がっていたもののそれを問いただすことは出来なかった。あの場で私が姿を見せれば、その答えも分かったかもしれない。だが、動けなかった。私は――そう、怖かったのかもしれない。あの男が再び私だけを見て声を発してきたら、彼になんて返せばいいかわからなくなることが。あの時――ユミア様――母上を討ったあの瞬間、あの男が言った言葉を、すべて受け止めてしまったという事実を、彼に突き付けるということが。

「……」

私は軽く首を横に振ってから飛び立った。最後まで私に気付かなかったふたりのことを思いつつ。空は青い。雲はあるが、青はどこまでも澄み渡っており、先程までの天気が嘘のようだ。もしかしたら、いつか、私はメリアとその仲間たちと再会するかもしれない。その時、私はどんな表情をしているのだろうか。気になった。そして、その日が来ることを願っている自分が存在している、ということにも気付く。

――次に会う時はさ、なんかもっと話とか出来ればいいよな!

赤い髪の男――ラインの言葉が反響する。何を話せばいいのか、わからないままだったがその日は恐らくずっと先である。その時までにひとつぐらい何を話すか決めておけばいいとすら思えた自分がいた。私は振り返る。もう遠く離れた緑の森を。あの言葉と、雨の音が耳に残っている。胸には自分でも名前の分からない感情が横たわっている。少し前の私だったら、無理矢理抉り出そうとしたであろう感情。でも、今は――。


title:シンガロン

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