ゼノブレ | ナノ


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「……?」

どうやら先程までのそれは全て夢だったらしい。その事に気付きながら少女は光る目を手で擦る。酷い夢だった。夢とは大抵儚く朧気なものだけれど、今回は胸に大きな赤い傷を残して霧散した。あたたかなベッド。カーテンの隙間からは光が顔を覗かせている。ここは英雄ダンバンとその妹フィオルンの家だ。訳有ってここ、コロニー9へと戻ってきた一行。少女――メリア・エンシェントはダンバン邸の空き部屋で目を覚ました。ちなみにリキはシュルクの所に泊まっている。身体を静かにゆっくりと起こしながらメリアは隣のベッドを見た。そこには黒髪の女性が眠っている。もうひとつのコロニー、コロニー6の衛生兵カルナだ。メリアは時計を見る。まだ早い。悪夢を見たせいで眠った気がしなかったけれど、今寝てしまうと本来起きるべき時間に起きられなくなってしまうかもしれない。そこが心配だったので、メリアは起きることにした。今日もやることは山程あるのだ。鏡に自分を映す。身支度を整えると、少女は銀の髪と頭部にある白い翼を揺らしながら行動を開始した。今日も晴天だ、窓の向こうには青い空がある。

メリアは扉を開けて、外に出た。扉は木製で重たかった。ギィ、と音をたててそれが閉まるのを確認すると少女は歩き始める。この時間でも街には人の姿があった。ここは巨神界の下層部。ホムスと若干のノポンが暮らすコロニー9。ハイエンターであるメリアはどうしても目立ってしまう。銀髪で、頭部に翼を持ち、ホムスよりも遥かに長い時を生きる古種族ハイエンター。メリアは視線を感じつつ歩いていく。カツンコツンと足音が響いた。店の開店準備をする者の姿も見られる。メリアはあてもなく歩いた。風が吹く。光は降り注ぐ。水面は青く輝き続けている。花は甘い香りを風へと託す。朝の散歩は思っていた以上に心地よいものだった。気付くとメリアは見晴らしの丘公園へ足を踏み入れていた。木々が揺れる。蝶が舞う。鳥が歌う。そして、公園には見慣れた人物がいた。メリアはその人物を見、息を呑んだ。何故、ここにいるのだろう?そういった疑問がふわりと浮かぶ。

「ダンバン…?」

ダンバン。フィオルンの兄であり、ホムスの英雄と謳われる存在。今はモナドをシュルクへ託してはいるが大剣の渓谷での決戦では神の剣モナドを振るったという。メリアの声に、彼は顔をその声の主の方へと動かした。優しげな眼差しに、僅かな驚きを隠して。ダンバンの視線、そして、メリアの視線。静かに交差する。どこまでも続く広い世界で、そこだけが時間を止められてしまったかのように思えた。

「メリア……どうしてここに?」

間を置いて彼は問いかけた。その声色は視線同様、優しげなものであった。

「予定より随分と早く目が覚めてしまっただけだ。気付いたら――」
「ここに来ていた?」
「……ああ」

メリアの台詞を引き継いだダンバンはゆっくりと頷いた。俺もそうだよ、と付け加えながら。メリアは静かにダンバンの座るベンチへと寄る。「隣に座っても構わないか?」と尋ねれば彼は「勿論」と首を縦に振った。メリアはその答えを聞くと、ふ、と微笑みを浮かべてダンバンの隣へと腰を下ろす。草花が揺らいでいる。風によって。ここはいつだって心地の良い風が吹いているのだ。空は高く澄み渡る。とても美しい世界に自分たちはいる。だが、世界は美しさと同時に醜さも抱えている。そのことは忘れてはならない。この街も、カルナの故郷も、機神兵に襲撃された過去を持つ。ダンバンたちとの旅でも、メリアは深い悲しみを味わってきた。その悲しみが波紋を呼んで先ほどの夢へと繋がってしまったのかもしれない。悲しみの果てに未来はあるのだろうかと、問いかけながら戦う日々。勿論、味わってきたのは悲しみだけではない。けれど、そういったものを悲しみは包み込んでしまう。夢にまで見てしまう、そういったものを。メリアは俯いた。ダンバンはただ、そんな彼女を見守る。ダンバンは掴むことの出来る未来があると信じている。いつもならばメリアもそうだ、ただ、今は悲しみの海に漂っているだけであって。メリアは暫く俯いていた。やっと顔を上げ、傍らの存在をその青い瞳に映しだすと、微笑みを浮かべた。厳しい環境下で長い時をかけてほころんだ一輪の花のように。

「そろそろ戻るか。フィオルンやカルナに心配をかけてしまうかもしれないからな」
「――そうだな」

ダンバンが立ち上がる。そして、銀の髪の少女に手を差し伸べる。少女は戸惑った。だが、すぐに笑ってその手を取った。大きな手。あたたかな手。逞しく――優しい手。ふたりは肩を並べて階段を降りていった。その間もメリアの手には彼の体温が残っていた。それが消えないように願いつつ歩く。ちらりと彼を見れば、彼はいつもと変わらない表情でこの世界を見据えていた。彼とならば――彼らとならば悲しみを乗り越えて、未来を掴むことが出来るに違いない。悪夢という黒に塗りつぶされていた朝は、いつしか光に満ちたものへと変貌していた。メリアも前を見る。手を胸元にやって、空を仰いだ。


title:エバーラスティングブルー

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