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――皇都アカモートの外れにある離宮。
そこはメリア・エンシェントが長い時を過ごした場所である。離宮の前には美しい花々が咲き誇る庭があり、それはメリアにとっての誇りでもあった。今日シュルクたちはこのアカモートへ到着した。ここへ来た理由。それはハイエンターたちの依頼をこなすためと、メリアのためでもあった。メリアの実年齢はダンバン、リキよりもはるかに高い。とは言え、ホムスに換算すればまだ少女と呼べる年齢である。フィオルンやシュルクと同じくらいか、それよりも低いくらいなのだ。
久しぶりに懐かしい場所に行かせてあげたい。そう願ったのはシュルクだけではなかった。
初めてアカモートを訪れたフィオルンや、メリアの過ごした場所に興味を持ち、そこの花壇や噴水のデザインを好いているカルナも彼女とともに離宮へと向かった。つまり女性たち三人がそこへ向かったということになる。と、いう訳で男性陣が依頼人の話を聞くことと、買い物などをすることになった。夕食は一緒にとろう、と言ったのはメリア本人だった。シュルクらには午後六時半に一度離宮前まで来てもらう。それから全員で食事をとろう、そういうことになった。メリアはフィオルンとカルナを連れて、ゆっくりと確かめるように歩いた。銀の髪が跳ねる。無機質な音を立てながら、懐かしい場所を目指して進む。建物が近くなる。それを視界にとらえたフィオルンが「あ」と小さな声を漏らした。庭にはたくさんの花が咲いている。美しい、としかいうことができない。メリアが旅に出てからも、誰かが手入れしていてくれたのだろう。近寄ると仄かな甘い香りがした。カルナもまたフィオルンのように花々を見る。フィオルンの透き通った緑の瞳と、カルナの深い紅茶色の瞳が鮮やかなそれを映している。メリアもまた、懐かしそうに建物や庭、噴水などを見た。水の音がする。清らかな水が噴出し、太陽の光に照らされ宝石のように輝いていた。フィオルンが屈んで花々を見始めた。カルナもそれに倣う。メリアは立ったまま見ていた。
三人の上を鳩だろうか、白い鳥が飛んで行った。青を切り裂く白。翼を空に託して舞うその姿は綺麗だった。メリアだけがその鳥の存在に気付き、少しだけ憧れを孕んだ目で見つめる。メリアの頭部の翼が風に揺れ動き、羽ばたいたかのように見えた。ホムスとの混血であるメリアの翼は極端に短い。すべての混血がこのようになるとは限らないのだが、多くが短くなる。メリアはその容姿故に表立って歩けなかった。そのためこの離宮で密やかに暮らしていたのである。ホムスであった母を亡くしてからは、たったひとりで。フィオルンとカルナはそれを知っていた。だからこそなのかもしれない、この離宮へと来たのは。思い出の中のこの場所は孤独で溢れている。それをほんの少しでも拭ってやりたい、新たな記憶で包んでやりたい、ふたりの友人は心のどこかでそう思っていたのかもしれない。

メリア、フィオルン、カルナの三人は中へと入った。カーテンが閉じられていたため、そこは暗かった。メリアが急いで窓辺へと駆け、それをサッと開ける。まぶしい光が部屋へと差し込んでくる。そのままメリアはキッチンへと向かった。フィオルンとカルナは椅子に腰を下ろす。テーブルの中央部にはミスティックダリアの生けられた花瓶があった。それもまた甘い香りを放っている。フィオルンは居心地のいい空間だな、と思った。メリアにとって大切な場所。そこに自分の存在が許されているということに感動すら覚える。メリアが三人分の紅茶を盆にのせて運んできた。白いティーポットと、同じ色のカップが三つ。テーブルにそれを置くと、ポットから赤い液体がカップへと注がれる。湯気が立ち上った。紅茶独特の香りがふわっと漂う。メリアは微笑みながら友人たちの前にそれを置いた。ありがとう、とフィオルンとカルナが同時に言う。微笑んだまま、メリアは頷いて、自分のカップに口をつけた。
居心地のいい部屋だった。だがひとりで生きるにはあまりに広すぎる場所だな、とフィオルンは思った。たったひとりでここで長い時を過ごしたというメリア。どんな思いで、どんな表情で、どんな気持ちでここにいたのだろうか。メリアの淹れた紅茶は深い味がして美味しかった。そう思いながら、メリアの過去をも思う。自分が兄や幼なじみと平和な日々を送っていたころ、彼女は孤独だったのだと知る。彼女にもカリアンという兄がいるが、毎日のように会うことは出来なかっただろう。この場所はメリアの籠でもあった。なんとなく外を見れば、黒い鳥が飛んでいくのが見えた。硝子越しの黒い翼は、夜を呼ぶものにすら見える。メリアとカルナは見つめあいながら会話しているため、それには気付かない。メリアがフィオルンの名前を呼んだ。それによって現実へと引き戻された少女は、出来るだけ自然な笑みを作り首をかしげた。メリアとカルナはコロニーの話をしていたらしかった。カルナがコロニー6の話をし終え、今度はフィオルンがコロニー9について語る番のようだ。フィオルンは一度目を閉じ、瞼の裏側に大切な故郷、コロニー9の姿を描いた。コロニー9は、とても居心地のよい街なのだと少女は話す。商業区にはたくさんの店があって、とても美味しい料理店もあると語れば二人は興味深そうに聞く。軍事区の研究棟にシュルクがこもっていたと話せば、なるほどなとメリアが言う。居住区には広場があってよくそこでシュルクやラインと話をしたのだと言えば、カルナはどんな話をしたのかと疑問を投げかけてくる。こうして故郷のことを語っていると、どうしようもなくその地が愛しく思えた。旅に出たことに後悔はしていないし、命が失われていなかったのだから機械化されたことも自分では悲劇的なことであったとは思っていない。だが懐かしくて、懐かしくて、すこし戻りたくなった。それに気付いたのだろうか、メリアが言う。近いうちにコロニー9へと行こう、そうしたら案内してくれと。そう言うハイエンターの少女の口ぶりは優しく、表情はやわらかかった。フィオルンは頷く。その目には故郷の姿が映っていた。

三人が紅茶を二杯ずつ飲んだ頃。なんとなく時計を見ればもう六時を回っていた。もうすぐシュルク、ライン、ダンバン、そしてリキの四人がやってくる。メリアは窓へ寄り、それを閉じカーテンをひいた。カルナとフィオルンがカップなどをキッチンへと運び、それらを洗い始めた。時計の秒針の音が高く高く鳴る。濡れたそれらを丁寧に拭いて、棚へとしまいメリアの待つ部屋へと二人は向かった。メリアは椅子に腰かけ、テーブルの中央にある花瓶と生けられたミスティックダリアを見ていた。どうしたの、とフィオルンが問えば、メリアは小さく笑って母上のことを思い出していたのだ、と口にした。ホムスである彼女の実母。影妃と呼ばれたその女性は、随分と前に亡くなっていた。ハイエンターの寿命はホムスの約五倍である。随分と前に亡くなった、というのはそのためでもある。メリアはとっくに実母の年齢を超えていた。フィオルンはそれ以上問いかけなかった。きっとお母さんはその花が好きだったんだろうな、と察したからである。黙っていたカルナが、ミスティックダリアを一本取り、銀髪の少女の頭にそれをそっとさした。それにより、少女の表情がぱっと明るくなったように感じられた。メリアは驚いたようだったが、数秒経ってから微笑みを見せる。フィオルンが似合っているわ、と口にすればハイエンター皇女は頬を紅潮させた。
そろそろ時間だ。三人は外に出た。もう辺りはとっくに暗くなっていて、星々が瞬きながら彼女たちをそっと見下ろしている。夜の庭もまた美しかった。フィオルンとカルナは、メリアがここを好く理由がよくわかった気がした。五分ほど経った時だ。シュルクたちがこちらへと駆けよってくるのが見えた。
もう、鳥なんて飛んでいない。


title:空想アリア

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