ゼノブレ | ナノ


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青が広がっている。静けさに包まれた、優しい空間。――豊かな水を湛えるエルト海。巨神界の上層部。きらきらと輝く水面の下には魚たちの営みがある。幾つもの浮遊した小島には緑が寄り添い、モンスターの姿も見られる。恐ろしさを感じるほど、美しい。夜になれば空は黒に塗り替えられ、そこに幾つもの輝きが顔を覗かせる。時折それは線を書いて煌きながら落ちる。それもまた、ぞっとするほどに美しい。

「メリア」

名を呼ばれ、少女はくるりと体を動かした。頭部の翼もゆらりと揺れる。古種族ハイエンターの少女である。名は、メリア・エンシェント。この海にも、全てを見下ろす空にも似た青い瞳の少女は、それに声の主の姿を映す。彼の長い髪も風に弄ばれていた。

「…ダンバン」

そう呼びつつ、少女は微笑んだ。ダンバンは大剣の渓谷での決戦で、モナドを振るいホムスに勝利をもたらした「英雄」である。今、モナドという神の剣は、紆余曲折の後シュルクが振るっているのだが――彼はそんなシュルクとその仲間を穏やかな目で見守っている。それは時に父のように、兄のように。事実、彼はフィオルンの兄であるのだが。

「何を見ていたんだ?」

ダンバンはメリアのすぐ隣まで歩み寄って、問いかける。するとメリアはダンバンから視線を動かし、視界を青で染め上げた。どこかで、鳥が鳴いている。

「いや……そうだな、強いて言えば――私たちを待ち受けるものを、だな」

少女は凛としている。肩の上でくるりと円を描く銀の髪も、風にすべてを委ねて揺れていた。ハイエンターであるメリアにとってここは思い出の地でもある。彼女はここ上層部で長い時を生きてきた。一度はシュルクたちと別れ、フィオルンを取り戻すまではアカモートで待つと決断した彼女。それは兄カリアン・エンシェントの助けもあって回避されたのであるが。それからメリアはずっとシュルクやダンバンたちと共に行動をしてきた。やっとの思いでフィオルンを奪還してからは、何かと彼女を気にかけていた。そして彼らは次の目的地――アグニラータに向かう前に、幾つもの依頼をこなすことにした。その為に彼らはここ巨神界上層部まで戻ったというわけだ。前とは違うのは、仲間の中にダンバンの実妹フィオルンがいるということ。フィオルンの身体は機械化されていた。かつてとは違う。力は増している。しかし、同時に痛みや悲しみを刻みつけられている。それでもフィオルンは前を向いて、振り返らない。真っ直ぐな視線ですべてを見つめて。そんな妹を見てダンバンも決意する。彼だけではない。シュルクも、ラインも、カルナも、リキも――そして、メリアも。

「……そうか」

ダンバンは微笑した。彼女らしい答えだと思ったのだろう。メリアはダンバンが言葉を発しても遠くを見つめたままであった。それから数分。いや、もしかしたら数十分経過していたかもしれない。メリアが体をダンバンの方に向けて、「そろそろ戻るか」と口にした。シュルクたちも待っている。彼らは比較的モンスターが少ないシウェラート灯台を拠点としていた。これからそこに戻って簡単な昼食をとり、ふた手に別れて行動することになっている。因みにメリアとダンバンは同じグループにわけられていた。空は青い。海もまた、青い。緩やかな流れの内で、彼らは泳ぐ。未来という最深部へ辿り着くまでは。その足で水を蹴って、その手で水を掻いて。

「――メリア」
「何だ?」
「……いや、なんでもない。行こうか」

ダンバンは少し迷ったが、手を少女に差し伸べた。顔にその小さな迷いが滲んでいる。メリアも少し戸惑った。けれども、もう一度微笑みを浮かべてその手を取る。あたたかい。そして、大きい。がっしりとしたその手は自分のものとまるで違う。当たり前だ。彼は剣や刀を振るう男で、自分はエーテルを操って戦う女であるのだから。しかし、こうやって触れ合うと直にそれがわかる。どくんどくんと心臓が激しく鳴るのをメリアは隠すように、ただ笑った。


title:シンガロン

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