ゼノブレ | ナノ


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僕たちが思っている以上に世界というものは残酷だったりする。どんな立場の者であろうが、どれだけ金持ちであろうが、「終わり」から逃げることは出来ないのだから。それは確実にどこかで口を開けて待っている。そこに落ちてしまえばもう出られない。真っ暗な闇。奈落の底へと落ちてしまったら。


「魘されていたぞ、シュルク」

そんな声が降りかかってきて、僕は今まで夢を見ていたという事に気付く。逃れようのない現実は夢という空間にまで襲いかかってきていたのだ。夢は自分だけのものだ、誰かと共有することの出来ない曖昧な世界。目がさめてしまえば、音も無く消え去っていくような、そんな酷く脆い世界。僕はそれらを振り払うように首を横に振る。そんな僕を見ている瞳はとても優しい色をしていた。

「――ダンバンさん」
「夢でも見ていたのか?」
「……はい」

そんな短い会話で、ダンバンさんは全てを察した様子になる。「フィオルンのことだろう?」と目が言っている。フィオルン。ダンバンさんの実妹である彼女は、僕にとっても大切な存在だった。とても綺麗な金色の髪に、萌え出たばかりの木々の葉を思わせる色をした瞳。眼差しは優しく、それでも強さと逞しさを兼ね備えた少女。年の離れた兄であるダンバンさんと彼女は支え合って生きてきた。そう、あの日までは。

「それじゃあ、ちゃんと休めてないんじゃないか?」
「……大丈夫ですよ」

僕がそう答えると、ダンバンさんは困ったような表情をし、それから「ならいいんだが」と小さく言った。僕にとってフィオルンの死はあまりにも衝撃的で、そして悲しいものであって。それと同時に彼女を殺した機神兵への怒り、憎しみもまた大きい。僕の胸の中にはそういったドロドロとした感情が渦巻いている。そう簡単には消えない。いや、消えることはないのかもしれない。それほどまでに黒い思いは大きく、傷は深く、痛みは激しかった。フィオルンが今の僕を見たのならばどう思うのだろう――?そんな問いが黒の中に浮かび上がった。それの答えは彼女しか出せない。

「交代しましょう。ダンバンさんも休まないと」

ここは唯でさえ高温多湿で、体力の消耗が激しい地であるから。僕がそんなことを言うと、ダンバンさんは静かに頷いた。未来視で見た「監獄島」を目指す僕たちがいるのは、巨神界の中層部――マクナ原生林である。僕はつい炎を囲んだまま座り、そのまま寝てしまったけれど、ダンバンさんはここから少し離れたところで身体を横たえて休めるつもりのようだった。実際ラインとカルナもそうやって寝ているはずだ。どうやら眠る前の僕はそうやって移動することも出来ないくらい眠たかったのだろう。ぱちぱちと炎の爆ぜる音。遠くで聞こえる、モンスターの声。僕は赤く赤く燃える炎に目をやった。赤は、悲しい記憶を思い起こさせる。フィオルン――。守れなかった少女。彼女を貫いた機神兵の爪は、フィオルンの鮮血によってその色に染っていた。そして、人々の悲鳴の中で燃え盛る家々もまた同じ色をしていた。多くのヒトが殺された。機神兵はホムスを喰らい、襲い、平穏を奪っていった。あの日のことは今も鮮明に覚えている。きっと、忘れることなんて出来ない。僕は決めたのだ、フィオルンを殺した奴等を必ずや斃すと。復讐。醜い感情だと自分自身でも分かっている。それでも、僕は。

「……シュルク」

突然、また名前が呼ばれた。それは毎日聞いている声だけれど、先程の声とは違う。

「カルナ…?」

僕は顔を上げた。無意識に相手の名を口にしながら。カルナだ。コロニー6の衛生兵である女性。彼女の故郷もまた僕たちのコロニー同様、機神兵に襲われている。多くの命が散り、なんとか生き延びた人々はガウル平原の隅で隠れるようにひっそりとした生活を送っている。燐光の地ザトールで別れた彼女の弟ジュジュや、親代わりとも言えるオダマさんもそうだ。カルナは治癒エーテルを専門としている。怪我をすれば彼女はすぐに癒してくれている。彼女との出会いはそれほど前のことではないが、今はとても頼りになる仲間のひとりだ。カルナの豊かな黒髪が夜風に揺れている。その風も生ぬるく、心地の良いものとは言い難かったけれど。

「目が覚めてしまったの」

カルナは苦笑した。視線を僕から炎へと動かす様子を、僕は静かな目で見ていた。それから僕とカルナは幾つか会話を交わした。間を開けて、少しずつ。カルナも機神兵の襲撃によって、大切な人々を失っている。僕と同じような感情を、彼女もまた胸に秘めているのだろうか?ドロドロとした醜いそれも。滾るような復讐心も。こうやって見ていると、それが胸にあるとは思い難かった。赤く燃える炎を見る彼女の目は穏やかなものであったからだ。ならば僕は?僕はどんな眼差しで世界を見ているのだろう。自分ではわからない。復讐に燃えた目をしているのかもしれないし、光を失ったようなものなのかもしれない。僕にとって、フィオルンはそれほどまでに大きな存在であったから否定は出来ない。しかしカルナはそういったことを指摘してこなかった。敢えて口にしないのか、それともそんな風には見えていないのか。どちらなのかはわからない。夜はゆっくりと更けていく。沈黙ばかりが続く、そんな夜が。


それから幾つもの昼と夜を越えて、時は流れ――。

「シュルク!ねえ、シュルク。聞いてる?」

少女が僕の顔を覗きこんでくる。新緑のような色をしたふたつの瞳には、間違いなく僕が映る。ショートカットの金髪。白銀の冷たく無機質な身体をした少女が。フィオルン。失われてしまったかと思えたその命。少女は機械の身体に改造され、白い顔つきのコアユニットとされた。僕たちはそんな彼女を取り戻すべくもうひとつの世界である機神界へと向かい――紆余曲折を経て、フィオルンを助けだした。コロニー9が襲撃された日に、崩れてしまったかと思っていた彼女を。それには旅の途中で出会った新しい仲間リキとメリアの活躍も大きかった。そのフィオルンはというと大きな瞳を僕に向けて、それから首を捻った。何か考え事でもしてるの?と問うフィオルンに、僕は「あ、うん」と短く答える。フィオルンは、機神界人(マシーナ)の医師リナーダさんの協力もあって、戦えるだけの体力等を取り戻していた。しばらくはここ――落ちた腕と呼ばれるここで様子を見なくてはならないのだけれど。フィオルンはそれをとても気にしていた。急ぎの旅であるとわかっているからだ。しかし、無理はさせられない。フィオルンも分かっているようで、僕がその旨を言葉にすると間を置いてから頷いた。

「考え事してたの?」
「うん。いろいろと」
「いろいろ……かぁ」

フィオルンは僅かな笑みを浮かべた。僕も微笑する。フィオルンは見た目こそ変わってしまった。けれど、大事な部分は、彼女らしさは、変わっていない。今度こそ彼女を守らなくてはという使命感が僕の胸の中に燃えている。もう絶対に彼女を苦しめたくはない。機械の身体となったフィオルンは、耐え難い悲しみと苦しみを超えて今ここに立っている。ホムスである身体を失い、長い時をフェイスのコアユニットとして過ごし、僕やラインといった友人、そしてたったひとりの家族であるダンバンさんとも引き離され。それでもフィオルンは笑顔を失ってはいなかった。再会したあの時のことはよく覚えている。彼女は笑っていた。今も、微笑んでいる。傷だらけの彼女を僕は守りたい。心の底から笑い合える日まで。必ず。僕たちの髪を風が触れては走り去っていく。フィオルンの満面の笑みが見られるその日を、僕は待っている――その頃になればきっと傷も癒えているはずだから。


title:エバーラスティングブルー

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