ゼノブレ | ナノ


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柔らかな風が草花の甘い香りを運んでくる。空はどこまでも高く、青く。そんな空を白い鳥が数羽並んで飛んでいく。巨神界下層部――コロニー9。もともとはホムスとノポンが暮らす街であったが今は生き残ったハイエンターや機神界人(マシーナ)などの姿も見られる、穏やかな街。長い戦いが終わり世界は彼らを乗せて新たな道を進み始めた。そこには希望が満ち溢れており、未来はきらきらと輝いている。そんな街をひとりの少女が歩いていた。金色の髪は肩より上あたりまでの長さ。ふたつの瞳は新緑を思わせるグリーン。名をフィオルンと言う。ごくふつうのホムスの少女に見えるが、彼女は世界の未来を掴む為の戦いに身を投じた者のひとりである。そして、その戦いで大いに活躍した。身体を機械化されるという壮絶な過去を乗り越え、今はこうやって平穏な日々を送っている。あの頃とは違うけれど、確かな幸福がある「今」を。フィオルンは街の外れにある公園へと向かっていた。そこでとある人物と会う約束をしているのだ。かつての戦いで「モナド」を振るい、少し先の未来を視た少年、シュルクと。

フィオルンが家を出たのは十五分ほど前。たったひとりの家族である兄ダンバンに見送られて、少女は扉を開けて外に出た。年の離れた兄、ダンバンは大剣の渓谷での決戦で活躍したホムスの英雄である。彼が握っていたモナドは紆余曲折を経てシュルクが振るうこととなり、それでもダンバンは薄暗い感情を抱くこと無く、彼を支える存在として最後まで戦い抜いた。「仲間」であった者の裏切りや、目の前でヒトが死していく悲しみを乗り越えて。フィオルンはそんな彼と支え合いながら生活をしている。別れ別れとなっていた空白を埋めるように。

フィオルンはバスケットを手に街を歩く。そんな彼女にハイエンターの少年が声をかける。今生き残っているハイエンター族は皆、ホムスとの混血である。フィオルンの友メリア・エンシェントのように。純潔のハイエンターはもういない。彼らは残酷な運命に飲み込まれてしまったのだ、テレシア化という悲しい運命に。メリアの兄であるカリアン・エンシェントもそれに巻き込まれてこの世を去った。メリアはそんな悲しみを抱えつつも戦い続け、シュルクらと共に世界に平和をもたらした。フィオルンは思う。暫く会っていない友のことを。フィオルンは願う。長く会っていない友との再会を。少女の金の髪がさらさらと踊る。いつの間にか少女の足は早まっており、気付けば公園へと向かう階段の前まで到着していた。フィオルンはそっとバスケットの中身を見る。シュルクの為にと作ったサンドイッチ。それと、昨日購入したフルーツ。少女は視線をそっと動かした。長い階段。この先に彼がいる。毎日のように会っているけれど、心臓はとくんと鳴る。心のざわめきは一体何なのだろう。少女は考える。だが答えはまだ見えない。いつかそれが見えることを信じつつ、フィオルンは階段を登り始めた。そんなホムスの少女の側で、小鳥が鳴いた。それはとても美しい歌声で、少女は一度立ち止まり、辺りを見回す。しかしその姿を見つけることは出来なかった。少し残念そうな表情を浮かべてから、もう一度歩き出す。その間もずっと鳥は歌い続けていた。


「美味しいよ、フィオルン」

シュルクがサンドイッチを頬張って言う。柔らかそうな金色の髪を揺らしながら。ふたりは見晴らしの丘公園のベンチに腰を下ろしている。

「ほんとに?」
「うん。本当に」
「……よかった」

フィオルンがほっとした表情を見せる。それから、目の前に広がる風景をその瞳に映す。愛すべき故郷。この街も機神兵によって蹂躙された過去を持つ。あの日、多くのホムスが機神兵に殺められ、喰われ、家は灼かれ、悲鳴と恐怖がすべてを覆い尽くした。フィオルンは自走砲で巨大な機神兵に立ち向かい、破れた。シュルクやダンバン、ラインは彼女の命が奈落の底へと落ちていく図を見た。しかし彼女は秘密裏に回収され、身体は機械のものに組み替えられ、巨大な白い機神兵――白い顔つきのコアユニットにされた。その後、彼女はガラハド要塞でシュルクらと対峙し――結果的に機神界で再会を果たした。あの日のこともよく覚えている。落ちた腕、と呼ばれる見知らぬ地で、フィオルンは自分を取り戻した。あの時のダンバンの顔も、ラインの顔も、忘れていない。勿論、シュルクの表情も、だ。機械の身体の少女も最後まで戦い抜いた。そこには揺らぐことのない強い意思があった。何があっても解けたりなどしない、強いものが。

「いろいろあったね」

フィオルンが言う。すると、少年は頷いた。本当に様々なことがあった。七人で悲しみを、怒りを、喜びを、すべての感情を共有しつつ戦ってきた。世界は新たな時を刻み始めた。誰かひとりが欠けてしまっていたら、今というものは成り立つことはなかっただろう。シュルクはモナドを振るい、その真っ直ぐな心を以って今を掴みとった。フィオルンは得た力で仲間たちを支え、守り、自らの足で終わりまで進んだ。ラインも大きな心と強い思いを武器に戦い抜いた。ダンバンも未来を掴む為に力を尽くし、カルナは深い慈愛の心で仲間たちを包み込み、メリアは静かなる情熱を抱き悲しみを乗り越え、リキは勇者として最後まで使命を果たした。フィオルンはそんな仲間たちの姿を心の中に描く。あれから時が流れたけれど、風化することもなくそのキズナは存在している。シュルクも同じように胸の中にそれを刻みつけていた。

「これからも、いろいろあるよ。この先、何があるかはわからない。でも――」

少年はそこで言葉を切る。木々の隙間から光が降り注いでいた。揺れる枝は、葉は、静かにそっと語り合っている。

「僕たちはずっと一緒だよ」
「……そうね」

僕たちは。そこには多くの人の横顔が映る。色褪せることなく、鮮やかなまま。ざあっとまた風が走り、ふたりを包み込んだ。青空は優しげな目でシュルクとフィオルンを、コロニーを、世界を見ている。空だけではない。今、足をつけている大地も、きらめく水面も、生い茂る緑も。すべてのものが微笑んでいる。幸福な時は流れていく。途切れること無く。当然、その時間の片隅には、悲しみやそれに近い色をしたものもあるだろう。けれどそれを乗り越える強さを彼らはもう得ていた。フィオルンはもう一度空を仰いだ。この空の下、生きているということに喜びを感じながら。傍らのシュルクもそれに倣う。彼の心にも、少女が感じる喜びの芽が伸びていた。


title:エバーラスティングブルー

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