ゼノブレ | ナノ


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深々と降り頻る雪を見つめる少女の青い瞳は僅かに潤んでいた。高価な宝石のような瞳。それに映るのは白銀の世界。しかし、彼女が見ているのはそれではない。もう二度と触れられない愛する人物の幻を見続けているのだ。


巨神界上層部、エルト海に浮かぶ監獄島。神与の剣「モナド」を受け継ぎし者シュルクと彼の仲間をその運命の地へと導いたのが少女――メリア・エンシェントであった。メリアはハイエンターと呼ばれる古種族の皇女で、父であり皇主であったソレアン・エンシェントを敬愛していた。だが、現実とは非情である。彼女は目の前でその人物が殺められるのを見た。すぐ、そばにいる。しかし、次第に冷たくなっていく父。彼の身体には深い傷。メリアは深い悲しみに沈んだ。そんな彼女に手を差し伸べたシュルクも、新たな真実に心が揺れていた。対峙した巨大な機神兵――黒い顔つきと、白い顔つき。その黒い顔つきがメリアを悲しみへと突き落とし、白い顔つきはシュルクやダンバンらに衝撃を与えた。――フィオルン。シュルクやダンバン、ラインの故郷コロニー9で死亡したと思われていた少女が、その白銀の機神兵のユニットとして彼らの目の前に現れたのである。シュルクやラインにとっては友であり、ダンバンにとっては最愛の妹であるフィオルン。シュルクたちはいずこへと飛び去った機神兵を追う決断をした。メリアは自らの為すべきことを優先しようとしたが、兄カリアン・エンシェントの計らいもあってシュルクたちと共に戦うことになった。そして、メリアたちはアルヴィースに導かれ、白い雪の降り続けるヴァラク雪山へ辿り着いたのであった。ヴァラク雪山を越えることで、機神界への道が開ける。皆の心には赤い傷が無数にあった。それでも、ゆっくりとそれを癒している時間はない。メリアはぎゅっと錫杖を握る。この傷の痛みなど、父が受けたものに比べれば些細なことなのだと言い聞かせながら。


そして夜が訪れる。寝ずの番はメリアとダンバンのふたりだった。ダンバンはずっと燃え盛る炎を見つめている。これはメリアが炎のエレメントを召喚し熾したもの。メリアもまたそれに視線をやる。メリアは手をそっと炎に近づけて、温める。細く白い指がじんわりと温まっていく。彼女の心は揺れ動いたままであった。瞳は潤んでいる。そして、ホムスの英雄ダンバンもまたメリアのそれに気付いている。気付いているが問い質すことはしない。柔らかな優しさがそこにはあった。メリアも無言だった。ダンバンも辛いのだ、顔にも出さないが妹のことできっと心は音を立てている。生きているということに対する喜びと、今はどうしても側に在れないという悲しみ。シュルクの叫び声もメリアの心の中に響いていた。本当に大切な存在だったのだろう。ちくりとした痛みが走るのは何故だろう。ハイエンターの少女は首を軽く振る。すると、ダンバンが少女の方へ目をやった。メリアの方は炎を見ていたので視線が絡まりあうことはない。ダンバンも視線をやるだけで、声を発することはしなかった。メリアの目が涙に濡れているということにも。彼女が必死になってそれを堪えているということにも。メリアはハイエンターの血をひく故に長命で、軽く八十年をこえる時を生きてはいるがその心や外見はフィオルンと然程変わらない、年頃の少女のもの。もし、今ここにフィオルンがいれば、メリアと友となり、春に咲く花のような笑顔を見せていたに違いない。ダンバンの胸に冷たい波が打ち寄せてくる。暫く経ち、メリアはその白い手で目を擦った。赤くなっている目に、彼の心に打ち寄せる波が少し荒々しくなる。複雑な思いがそこにはあった。パチパチと音を立て続ける炎。それの向こう側にいる相手の存在。お互いに意識しあっている。だが、言葉が交わされることはなかった。


夜が明けて、彼らは再び歩き始めた。雪の上を歩くことに彼らはあまり慣れていなかった。その為、思っていた以上に時間がかかった。アルヴィースはシュルクに見せたいものがある、と言いオセの塔を目指すように言う。シュルクは頷き、その遺跡へと足を速める。これほどまでに冷え切った世界にもモンスターはおり、我が物顔で彷徨いていた。そして当たり前のようにシュルクたちに牙を剥く。モンスターと戦いながら彼らは進んだ。過酷な道だった。しかし、誰も弱音を吐かなかった。自らの武器を振るう。望む未来を掴むのだと強い意志を持って。メリアの瞳は、もう潤んでなどいない。昨晩の、ダンバンとのひどく静かな時間にその悲しみを消化したのだろう。ダンバンもメリアをちらりと見て、黙したまま頷いた。彼は刀を振りかざし、彼女はエーテルを駆使し、仲間を守りつつ戦った。

オセの塔への道は険しかった。また一夜を冷たい白に飲まれつつ越える。今夜はシュルクとリキが寝ずの番であった。カルナが仲間たちに食料を渡していく。メリアの故郷、アカモートで購入した携帯食料である。とても美味なものとは言えないが、贅沢や我儘は言っていられない。本当は温かいものが恋しい。ここはとても寒い。皆、同じことを思っているであろう。メリアはそれを咀嚼しながらちらりとダンバンの方に目をやった。昨日は繋がらなかった視線が、今、繋がった。どちらも少し、目を丸くしている。それから言葉を詰まらせる。何を言えばいいのかわからない状態に陥っていた。シュルクはラインと、カルナはアルヴィースと何かを話しており、リキは楽しそうに跳ねまわっている。メリアとダンバンだけが異世界にいるかのようだった。そこは冷たい風の音ばかりがする空間。大きな痛みを抱えた者が彷徨う地。永遠の別れを知った者と、再会の芽を見つけた者。数分、いや、数十分の沈黙の先、彼らは相手の名を同時に口にした。それは互いの存在を確認するなにかのようだった。だから、名前を呼ぶだけで心は満たされた。それだけでよかった。少なくとも今は。これ以上の言葉は必要なかった。――そう、今は。


title:夜途

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