ゼノブレ | ナノ


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白い世界にいる。吐く息もまた白く、重い空からはそれと同じ色をした雪が降る。巨神の右腕、ヴァラク雪山。シュルクたちはアルヴィースを加えた七人でその地を訪れていた。彼らは白銀の機神兵を追いかけている。それは機神兵の拠点である「ガラハド要塞」方面へと飛び去ったという。白銀の機神兵――白い顔つき。それはコロニー9襲撃の際に命を落としたと思われていたフィオルンであった。フィオルンはシュルクとラインの友であり、ダンバンにとってはたった一人の家族――妹なのだ。ガラハド要塞へと急ぐシュルクを、アルヴィースは少し困ったような笑みを浮かべて「その前に見せたいものがある」と言い、シュルク一行を「オセの塔」へと案内した。そこは古代ハイエンターがモナドを保管するために作った催事施設であり、神聖予言官の儀式もそこで行われていたのだとアルヴィースは語る。シュルクが握っているモナドもこの場からホムスによって持ちだされたのだ、とも。シュルクはその言葉を噛み締めながら夜を過ごす――。


静かな夜。降り頻る雪は音もなく自らを重ねる。シュルク一行はオセの塔で一晩を明かすことになった。男性陣の眠る場所から少し離れたところにメリアとカルナの姿があった。カルナは眠る支度をしているが、メリアはというと杖を片手に遠くを見つめている。

「……メリア?」

名前を呼ばれて、ハイエンターの少女は身体を震わせた。

「カルナ。何か用か?」
「ううん。……まだ眠らないの?」

カルナに問われ、少女は苦笑する。それで全てを察したのだろう、カルナは「私は先に眠るわね」と言い微笑んだ。そんな彼女に「おやすみ」とだけ告げてメリアはそっとその場を離れる。ハリクト礼拝堂から出ると、そこに見知った人物がいた。髪を冷たいもので靡かせている。手には武器がある。後ろ姿故に表情はわからないが、その人物からは悲しみにも切なさにも似た何かが滲み出ていた。

「……ダンバン」

彼――ダンバンにメリアは声をかけた。少女の声は静かな空間に響き渡り、ダンバンの耳に届く。髪が揺れる。振り返った彼は複雑な表情を浮かべており、メリアの存在を確認すると少しの笑みを浮かべる。

「メリアか。眠らないのか?」

カルナと同様のことを問われて、メリアも笑った。少し寝付けなくてな、と言えば彼は「俺もだよ」と言い、メリアのすぐ隣まで歩み寄る。深々と雪が降り頻る中で。彼が複雑な表情を浮かべている理由は、訊かずとも分かった。フィオルンという少女のことだ。ホムスの英雄と謳われしダンバンの、実妹。シュルクにとって特別な存在であったであろう少女。メリアは彼女のことが気になっていた。街が襲われた時、勇敢にも機神兵に突撃し、その冷たく硬い爪と刃に貫かれたという。その彼女が監獄島で姿を見せた。メリアにとっては愛する父の死の場面でのことだった。白い顔つきのコアユニットとなってシュルクやダンバンの前に現れた少女、フィオルン。金色の髪に緑の瞳がとても綺麗だった。そして今、自分たちは彼女を取り戻すべく進んでいる。目指す大剣の渓谷はこの雪山の先だ。メリアはなかなか次の言葉を発せなかった。何を言えばいいのだろうか。彼女のことを聞けばいいのだろうか。実際メリアは彼女のことを知りたかった。どんな少女なのか。どんな表情で、どんな声で、シュルクたちと接していたのか。だが、問いかける勇気が持てなかった。ダンバンの心に刺さった刺を、より深く食い込ませてしまいそうで。


メリアとダンバンは暫く沈黙のまま立ち尽くしていた。ダンバンはメリアに何かを言いたかった。けれど、うまく言葉にならなかった。妹であるフィオルンのことについて話せばいいのか。そうだとして、どこから話せばいいのだろうか。きっとメリア・エンシェントという少女は、フィオルンのことを気にしている。だからこそ、彼女は何も言ってこないのだ、と彼はわかっていた。しかし中々言葉に出来ない。胸を満たす水は、凍える湖のように冷たく、そして暗い。時間だけが流れていく。いい加減眠るべきだ――そう思った時だった。目の前に巨大な鳥のモンスターが現れたのは。

「ダンバン!」

先にそのモンスターの出現に気付いたのはメリアだった。少女は彼の名を呼んだが、モンスターの攻撃の方が早かった。本来ならばダンバンはすぐその気配に気付けたはず。だが今回は違った。別れ別れになっている妹のことを考えていたせいだろう、モンスターに先制攻撃を許してしまったのだ。しかしダンバンに衝撃や痛みは来なかった。メリアが――ダンバンを庇ったのである。彼女は背に傷を負ったようで、赤い血が出ていた。綺麗な衣服に赤が滲み、ぽたぽたと溢れるそれが白い大地に色を付ける。ダンバンも叫ぶ。彼女の名を。また――目の前で、大切な存在を失いたくはないと。

「だい…じょうぶ…だ……。それより、早く…攻撃を……!」

駆け寄ってくるダンバンにメリアは言う。ダンバンは頷くと、刀を怪鳥へと向ける。油を注がれた炎のようなものが、胸にはある。滾っている。メリアは傷口を気にしながら少しずつ後退し、水のエレメントを喚び出す。サモン・アクア――召喚した水の力によって体力を回復する技だ。ダンバンはモンスターに攻撃を繰り返す。それの体力はじわじわと削られていき、傷を癒やしたメリアもまた雷のエレメントを召喚し、その力をモンスターへとぶつける。翼を切りつけられたモンスターがバランスを失う。その時を見計らってダンバンは剣を振るう。羽根が散らばった。それと同時に断末魔が響く。メリアとダンバンは見つめ合って、それから崩れ行くモンスターを見、安全を確認すると相手の側へと駆け寄った。

「怪我は大丈夫か!?」
「ああ、大したことはない。すぐに回復したからな」
「そうか……よかった、だが…あまり、あまり無理をしないでくれ…」

ダンバンが言う。縋るような目で。メリアは初めてこういった表情の彼を見た。

「すまない。だが、私なら大丈夫だ。助け合う心…それが私たちの強さ、そうだろう?」
「……そうだな」

メリアの言葉に彼は頷く。彼女は心からそう思っているのだろう。ダンバンにはそれがよくわかった。自分も同じように思っているからだ。夜が更けていく。そろそろ眠らないと明日に響く。明日もまたこの冷たく静かな世界を進むのだから。ダンバンはメリアに寄り添いながら礼拝堂へと入る。ふたりは無言だった。だがお互いの存在を確認しあう眼差しは優しい。

「……おやすみ、メリア」
「ああ…おやすみ」

そう挨拶を交わして、ふたりは別れた。メリアは既に眠っているカルナを起こさぬよう、気を付けながら横になる。瞼を閉じると、とある人物の姿がよみがえってきた。ついさっきまで共にいた人物――ダンバンの姿が。ホムスの英雄と謳われる男。自分たちに助言を与え、そして守ってくれる存在。そして、フィオルンという少女の兄――。メリアにも兄がいる。カリアン・エンシェントは片親しか繋がっていないとはいえ、かけがえの無い存在である。だからだろうか、ダンバンの痛みが少しだけわかる気がした。深々と雪が降る。静かな夜に、息の音。メリアは一度、目を開けて遠くを見た。彼はもう眠っただろうか。それとも自分同様、まだ起きているのだろうか――。起きているとしたら、何を思っているのだろう。少しずつ、ダンバンの存在が胸の中で大きくなっていることを彼女は感じた。この感情に名をつけるのならば――そこまで考えたところで、少女はふたたび目を閉じる。まだ答えは無い。だが、いつかわかるということもわかっていた。そしてメリアもカルナたちが先に向かった眠りの国へと足を踏み入れたのだった。


title:泡沫

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