ゼノブレ | ナノ


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「元気だったか?」

久しぶりに会う彼は、あの頃と然程変わらぬ表情で私を見ていた。濃い色の髪が、風に揺れている。ふたつの瞳には優しげな光が宿っており、懐かしさに胸がいっぱいになる。

「ああ。皆は元気か?」

私はそう問いかけた。皆――シュルク、ライン、フィオルン。長い旅を共にした、大切な仲間。シュルクはあの戦いで神の剣モナドを振るい、私たちにその剣の力で未来を垣間見せながら世界を駆け抜けた。元々はあまり戦いが得意ではないようだったが、挫けることなく戦い抜いた。その親友であるラインは、そんな彼を支えてきた。今はコロニーの防衛隊員として忙しい日々を送っているという。そして、フィオルン。彼の実妹である彼女は私にとって数少ない女友達でもある。機神界の者の手によって機械の身体に改造され、それでもシュルクの側で戦うと誓った強い少女。今はホムスの身体を取り戻し、たったひとりの家族である兄と、シュルクやライン、そして街の人々と穏やかな日々を過ごしている。私はフィオルンのことが気になっていた。身体を改造され、それを元に戻したのだ。元の体に戻る。それは喜ばしいことである。けれど、苦しみや痛みがゼロだとは思えない。前に会った時は、少し顔色が悪く見えた。それでも気丈なフィオルンは柔らかな笑みを作っていたけれど。

「フィオルンなら心配いらないさ。元気にしてる」

フィオルンの兄であり、ホムスの英雄と謳われる彼――ダンバンはそう答えた。彼は嘘を吐くような男ではない。それは事実なのだろう。顔を見ればわかる。なら一安心だ、と私が言えば、ダンバンもまた頷いた。鳥の声がする。コロニーにある広場に私とダンバンはいた。行き交う人々の表情は明るい。希望に満ち溢れている。私も、ダンバンも、同じような眼差しでそれを見ていた。

「会うのが楽しみだ」

私がそう言葉を紡ぐと、彼もそうだな、と言う。フィオルンは用事があるらしく、私と会えるのは午後になってからだ。今は午前十一時を過ぎた辺りだった。夕食を頑張って作るから、と言っていたと彼は笑った。フィオルンは幼い頃に両親を亡くし、兄ダンバンとふたりで支え合いながら生活をしてきたという。その為、年の割に大人びた一面を持つ。家庭的で料理も得意で、私は彼女の作る料理が好きだった。こうやってダンバンの横顔を見ると思う。髪の色などの外見はそれほど似ていない兄妹だが、もっと違ったところで似通ったものを感じる、と。ダンバンとフィオルンは強い心を持っている。何があっても諦めない、力強さを。悲しみにとらわれず、その海から自らの手で、足で、抜け出すことのできる人間だ。その強さに何度憧れただろう。
ダンバンと私は暫く会話を交わしてから、商業区を目指して歩き始めた。もうすぐ昼食の時間だからだ。商業区まで行けば、店がある。何かを買って彼の家に行ってもいいし、そこで食べてもいいだろう。ダンバンは私の少し先を行く。歩幅の違いを久しぶりに感じて、私は足を早める。すると彼はそれに気付いたらしく、少しだけ申し訳そうな顔をして、それから私に合わせるように歩き始めた。優しい男だ。改めて思う。彼は強さと、優しさを兼ね備えている。そして絶望的な状況にあっても、希望を棄てない男である。ダンバンは大剣の渓谷での決戦で利き腕の自由を失ったが、彼は戦うことを、未来を諦めなかった。その時握っていたモナドは結果的にシュルクが振るう事になったが、それも受け入れた上で刀を手に戦い続けた。戦友ふたりの裏切りにも屈することはなかった。辛かっただろう。裏切られたことは事実だが、友として一緒に生きた時間も確かに本物であるのだから。


食事を済ませ、ダンバンの家に向かう途中、偶然シュルクに会った。シュルクもまた用事があって会うのは午後から、ということになっていた。ラインも同様である。シュルクは私を見て「少し用事が早めに済んだんだ」と笑い、それからダンバンが先程私にかけてくれたのと言葉をくれた。「久しぶり」と。シュルクは変わらぬ優しげな目をしていた。ラインはもう少し時間がかかるかもと言っていた、と彼は言う。私とダンバンは「そうか」と答えた。ラインは防衛隊のメンバーであるから、忙しいのだろう。あの長い旅で彼は経験を積んだ。防衛隊長は厳しい男だというが、そんな彼にも認められているという。今は側にいない彼を話題にしつつ、私たちはダンバンとフィオルンの暮らす家を目指した。

ダンバン邸に到着し、私の心に懐かしい風が吹いた。木製の扉も、硝子窓も、記憶の中にあるそれと変わらない。植えられた花の種類などに変化はあるけれども。ダンバンは扉を開き、私とシュルクを中に誘う。リビングまで歩き、私たちは椅子に腰を下ろした。テーブルの上には花の生けられた花瓶がある。その花は恐らく外で育てているものを少しだけ摘んだものなのだろう、色も香りも同じだった。部屋は綺麗だった。掃除が行き届いている。ダンバンとシュルクとともに同じ時間を過ごす。あの頃は当たり前だった。けれど、今は違う。それぞれの未来を目指して呼吸をしている。あの日々は大切な宝物だ。けれども、ずっと見ていてはいけない。大切な思い出は大きな箱に仕舞いこんで、時々蓋を開けて見つめるぐらいがちょうどいい。いくらその日々が大切でも、足を止めてはいけないのだ。私たちは生きている。今を生きている。振り返るのも良い。だが、ずっと後ろを見ていてはいけない。そう私は思うのだ。いくら、ダンバンが――皆が大切であっても。キズナはそう簡単に切れたりはしない。折れたりはしない。思いは何よりも強いものだから。結びついたそれが解けてしまうことはない。だから私たちは前を向いていられる。歩き続けていられる。

「メリア?」

ダンバンが私の名を呼ぶ。彼の声で自分の名を聞くのは、本当に久し振りだ。

「何だ?ダンバン」

私もまた、久し振りにその名を紡ぐ。私と彼の表情がそっくりだと、シュルクが微笑った。


title:夜途

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