ゼノブレ | ナノ


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頬を掠めていく風は季節の色に染まっていた。新緑の間を綺麗な翅をした蝶々がひらひらと飛んで行く。足元の花が微笑んでいる。きらきらと輝く湖面には葉が浮かんでいた。巨神界下層部、コロニー9。街を見下ろす「見晴らしの丘公園」にメリアはいた。あれからどれだけの時が流れただろうか。ザンザを倒してからたくさんの夜をこえて今日という日が存在している。メリアは訳あってこの街を訪れていた。先程到着したばかりだ。あの頃共に背中を預けて戦った友、フィオルンとここで会う約束をしていた。しばらく、彼女の家に厄介になる。フィオルンの兄であるダンバンはコロニー6へと行っていていない。コロニー6というのはここ以外で唯一残っているホムスのコロニーである。一緒に旅をした女性、カルナの故郷でもある。そんなダンバンは五日後ここへ戻ってくるらしい。再会はそれまでお預けだ。シュルクとラインは自らのやるべき事を終えてからフィオルンの家へと来るといっていた。それは恐らく夜になる。今の時間は正午をすこし過ぎた辺り。フィオルンはメリアの為に昼食も持ってきてくれると言っていた。もうすぐ彼女はあの階段をのぼってやってくるのだろう。その逞しい二本の足で。なにかを確かめるかのように。


風に吹かれていると色々なことを思い出す。メリアは息を吐いた。青空は大好きだった兄を思い出させる。兄、カリアン・エンシェント。自分とは結構年が離れてはいたけれど、仲は良かった。自分はソレアンとホムスの女性である影妃の間に生まれた禁忌の子であったが、彼はそんなことを気にせずに接してくれていた。異母兄妹ではあった。それでもメリアは兄を慕っていたし、兄もまたメリアを可愛がってくれた。この容姿ゆえに表立って歩けないメリアは離宮で生活をしていたが、カリアンはよく会いに来てくれた。そして綺麗で純粋な目を向けてくれた。いつでも私はお前の味方だよ、という言葉に何度も励まされた。テレシアを追ってマクナへと向かう直前も兄は少女の手をとって何度も何度も「大丈夫だよ」という言葉をくれた。その言葉があったからこそ、あのテレシアを斃す事が出来たのかもしれない。シュルクたちのことも兄は受け止め、世界の為に力を尽くすと約束した。兄はハイエンターの悲しい運命に逆らえず、三聖であったロウランを道連れにしてこの世を去った。あの時の言葉はメリアの支えであり、願いであり、すべてを繋げるものでもあった。また頬に触れては走り去っていく風。メリアはいつの間にか涙をこぼしていた。透明なそれが静かに頬を伝っていき、乾いた大地へ染みを作る。潤む瞳で見る世界は輝きを増し、雫はぽたぽたと落ちる。本当はずっとそばに居て欲しかった。大好きな兄。父を監獄島で殺められた時、自分に残された唯一の家族であるカリアンとは絶対に別れ別れになりたくないと思った。けれどもその思いは裏切られる。自分とよく似た銀の髪をした兄。強い意志を孕む眼差しと、あたたかで大きな手。失いたくなかった。父亡き今、自分は彼とともにこの都を守り、民を導かねばならないとも思った。兄の計らいでメリアはシュルクと共に戦いの旅へ身を投じたけれど、カリアンはいつでもメリアの味方だと繰り返し言ってくれた。物理的に離れていても、精神的には繋がっていたあの頃。しかし全てが崩れた。アカモートは崩壊し、純血のハイエンターはテレシアとなり、メリアは足元が抜け落ちていくのを感じた。それでも立っている事が出来たのはシュルクやフィオルンといった「仲間」が自分の手首を掴んでいてくれたからである。巨神胎内でロウランと融合した兄との悲しい戦いを乗り越えてからは、メリアは兄の最期の言葉を抱きしめて錫杖を手に戦った。モナドを受け継ぎし少年シュルク。彼の親友であるライン。機械の身体を持つ少女フィオルンとその兄である英雄ダンバン。深い愛情を持つ女性カルナに、いつだって笑顔を忘れないノポン族のリキ。彼らと共に。そしてその戦いが終わっても、メリアは兄を忘れることなんて出来なかった。今もこうして、泣いている。旅をしていた頃は仲間たちに心配をかけたくなかったから堪えられていた涙。今はもう耐えられない。フィオルンはもうすぐやってくる。だから、泣き止まないといけない。それなのに涙腺は崩壊したままだ。風が頬に触れる。兄が昔、心細い少女に対してそう触れていてくれたのを思い出させてまた涙が溢れた。泣いても何かが変わることはない。いくら涙を溢れさせたってもう二度と愛する兄に会うことは出来ないというのに。


フィオルンは急ぎ足で階段をあがっていく。旅に出ていた頃は短かった髪も、随分と伸びた。そんな少女を道案内するかのように前方を蝶が舞う。フィオルンの手にはバスケット。中には作ったばかりのサンドイッチが四つと、果物が二つ。久しぶりに会う親友、メリアの為に持ってきたものだ。階段をのぼり終わる。友は遠くを見つめていた。フィオルンはその後ろ姿に名を呼ぶ。しかし彼女は気付かないのか、振り返ってこない。フィオルンは首を傾げた。自分の声はそれほど小さくなかったはずなのにどうして、と。フィオルンは疑問を抱えつつ彼女に歩み寄る。そこではっとした。少女の方が震えていることに気がついて。

「メリア…?」

もう一度、名前を呼ぶ。今度は耳に届いたらしく、びくんと彼女がまた震える。そしてフィオルンのほうへ身体を向けて、言葉を紡ぐ。フィオルン、と呼ぶ声はいつもと然程変わらない色をしていたけれど、問題はその表情だ。壊れそうな笑みだった。ふたつの瞳はなにかで潤んでおり、すこし腫れているようにも見える。どうしたの、と問いただす言葉も喉に詰まるほど、その表情は痛々しかった。メリアはあまり焼けていない手で涙を拭い、「すまない」とだけ口にして一歩フィオルンに近付く。そして友へベンチに腰掛けるよう言って自らもまたそうした。フィオルンはバスケットを置いてから、その隣に腰をおろす。メリアの手は膝に置かれ、彼女はゆっくりとその涙の訳を言葉にし始めた。


「……」

カリアンとの別れが今もメリアの傷となっている――気付いているつもりだった。けれども、こうやって言葉にされるとその痛みの大きさに足が竦む。フィオルンは思う。自分にも血を分けた兄がいる。もし兄が自分を置いてこの世界から旅立ってしまったら。自分は正気でいられるだろうか。メリアは実際その悲しみと相見え、痛みを抱えたまま戦い、戦いが終わった今でもそれの痛みに耐えている。そして今、肥大するそれに耐え切れず涙を溢れさせたのだろう。

「すまない。フィオルン。やはりどれだけ時が流れても、悲しみとは癒えぬものだな」
「……」
「兄上は私に全てを託した。私は兄上の為に――死んでいった同胞の為にも…未来を守らねばならない。わかっている。わかっているが…」
「メリア……」

世界は平和になった。だからといってそういった冷たい悲しみが消えたわけではない。シュルクたちが望んだこの世界にはそのようなものがあちらこちらに転がっている。

「メリア。私の手を取って」

フィオルンはとても小さく笑みを作り、そう言った。今は普通のホムスの身体をした少女は。メリアは言われるままにその手を取った。友の手はとてもあたたかく、柔らかく、冷えていたメリアの胸に春風を吹かせる。

「私はメリアのお兄さんの代わりには、きっとなれない。けど、メリアを支えることは出来ると思ってるの。メリアは何度も何度も私を助けてくれたよね?戦いで傷を負った私にヒールギフトを使ってくれたり……ううん、それだけじゃない。機械の身体だった私に大丈夫、って何回も言ってくれた。シュルクやお兄ちゃんの為に力を尽くしてくれた……。何度お礼を言っても足りないくらい」

少女はぎゅっとメリアの手を握る。

「私はあなたの味方だよ。お兄さんが守りたかった…お兄さんが支えてきたメリアを、いま、守って支えるのは私の役目。だからいつだって私を頼って。――ね?」
「フィオルン……」

ハイエンターの少女の睫毛が濡れた。優しい言葉に心は別の意味で震えた。メリアはそのまま頷いて、それからやっと笑いこう口にした。

「私もそなたを守り続けたい。これから先、長い時間を共に過ごしていきたい……」
「メリア…ありがとう。お兄さんは、きっとメリアのことを見守ってくれてると思うわ」
「……優しいのだな、そなたは」
「メリアこそ。ね、ご飯にしましょ?」

フィオルンがバスケットからサンドイッチを取り出して、友へと渡す。礼を口にしてそれを受け取った。ほぼ同時にそれにかぶりつく。野菜と、なにか肉が挟まれている。美味しい、と素直に言えばフィオルンもまた素直に喜んだ。雲が流れていく。青い空を白い綿のような雲が。ふたりはしばらくの間そこにいた。メリアの傍らには姿こそ見えないがカリアンがいたのかもしれない。メリアは託された未来をフィオルンなどといった仲間たちと共に守りながら生きていく。それが課せられた使命なのだろう。いつの間にか涙はかわいていた。目は赤くなってしまっていたけれど、それは仕方ないことだ。ざわざわと木々が会話する。その下でホムスの少女とハイエンターの少女も言葉を交わした。


title:泡沫

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