ゼノブレ | ナノ


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色とりどりの花が咲き乱れる庭で、少女が如雨露を手に水をやっている。花々は全身で与えられた水を受け止める。濡れた花弁が太陽の光に照らされてきらきら輝いている。とても美しい光景だった。少女はハイエンター族だ。しかし頭部の翼が極端に小さい。彼女はホムスとの混血児であった。名をメリア・エンシェント――彼女は皇主ソレアン・エンシェントの実子である。ソレアンと影妃の間に生まれた子であるメリアはこの離宮で長い時を過ごした。そして今はモナドを受け継いだ少年、シュルクと共に旅をしている。久々にアカモートへ帰ってきたメリアは仲間たちと別れるとすぐに離宮へやってきた。この旅のリーダー格であるシュルクも一緒で、彼はメリアの側に立ち水をやる少女の姿を見ている。アカモート到着と同時に与えられた自由時間を、シュルクはメリアと過ごすことにしたのだ。放っておけない、そう思ったのだろう。フィオルンとカルナも買い物を済ませたら、離宮へ来ると言っていた。ライン、リキ、ダンバンの三人はそれぞれ好きなことをしているはずだ。如雨露の中の水が空になった。軽くなった如雨露を手にしたまま、瑠璃色の瞳はシュルクをとらえる。シュルクは彼女を見ていたので、必然的に視線が絡まり合った。二人を見ているのはたくさんの花々。青や赤、白、黄色、桃色。それぞれ異なった色彩をしたそれらが興味津々といった様子でメリアとシュルクを見ているのだ。

「――中に入るか、シュルク」

しばらくの沈黙を切り裂くようにメリアが発言した。いつもと変わらない、はっきりとした声で。その言葉を受けて、シュルクは頷く。それを確認するとメリアはくるりとシュルクに背を向けた。頭部の翼がはたはたと動く。綺麗だな、とシュルクは思う。ハイエンターだからこその美しさを垣間見たようだった。

シュルクがメリアに連れられて入ったその部屋は落ち着いた雰囲気を纏っていた。前に来たこともあったが、何故だかとても新鮮に思えた。広い部屋だった。中央に置かれたテーブル。それとお揃いの椅子の数がメリアの孤独を思わせる。メリアがシュルクに座るように言って、それから奥に行ってしまった。飲み物でも出すつもりなのだろう、シュルクは言われた通り椅子に座る。テーブルのほぼ真ん中には、硝子の花瓶が置かれていた。綺麗な細工が施されている。それに生けられているのは黄色い花――ミスティックダリアだ。アカモートのあちらこちらで見られ、半永久的に咲き続けるというミスティックダリアは、メリアのお気に入りの花だった。主が不在の間も可憐に、そして一途に咲き続けるそれを、シュルクは見つめる。そうこうしている間に、メリアが盆に飲み物と菓子をのせてこちらへとやってきた。彼女は微笑みを浮かべていた。

「あ、ありがとう」

シュルクは目の前に置かれたカップを手に取りながら礼を言う。湯気が立っている。中身は紅茶のようだった。メリアは盆をテーブルの片隅に置くと、自分のカップに口を付けた。シュルクも同様に紅茶を飲んだ。温かな赤い液体が喉から胃をあたためていく。円やかで美味しかった。皇女でありながら茶を淹れるのが上手いメリアに少しだけ驚く。そんな彼女はカップをテーブルに置き、菓子に手を伸ばしていた。
とても穏やかに時が流れる。ミスティックダリアが甘い香りを放っていた。こうしていると自分たちが世界のために戦っていることが嘘のようだ。だがそれは真実で、その真実は心の中に横たわっている。アカモートを発ったら、アグニラータを目指して機神界を進むことになっている。機神界盟主を自称するマシーナ、エギルを止めるために。エギルは非道な行いをしている。全ての機神兵を操っている。シュルクの幼なじみであるフィオルンも、ついこの前まで彼の下にいた。エギルを止められるのはモナドを持つシュルク、そしてその仲間だけだ。今は、戦いに備えるべき時だった。巨神界で最も発展しているアカモートで。そして身体を休めるべき時でもあった。シュルクとメリアがこうしているように。
シュルクも菓子に手を伸ばす。それはクッキーだった。真ん中に赤いジャムが乗っている。クッキーを口へと運んで程よい固さのそれを飲み込んだ。カチコチと時計の秒針が鳴るのが聞こえる。それがよく聞こえてくる程に、ここは静かだった。メリアはどんな気持ちでこの離宮で暮らしていたのだろうか。シュルクはそう思ったが、彼女に尋ねることはしなかった。とても寂しかった、とでも言われたら、なんて返したらいいかわからなくなってしまうだろうから――。

ミスティックダリアが香る。シュルクも三個目のクッキーを口に入れ、メリアも数個目のそれを摘んでいた。紅茶も二杯ずつ飲んだため、ポットは空だった。二人はいろいろな話をした。話を振ったのはシュルクの方で、静けさをなんとか振り払いたいと彼は思ったのである。メリアは小さく笑いながら彼と話した。そんな会話が弾むと、言葉が部屋にゆっくりと満ちていった。どんな気持ちで離宮にいたのだろう、という疑問も消えたわけではなかったが、やはり彼女の反応がどんなものか思い付いてしまう以上、尋ねられなかった。
そろそろフィオルンとカルナが来るだろうか、と言ったのはメリアだった。彼女の瞳が時計を見ている。二人が離宮へ来て二時間が経過していた。シュルクも彼女に倣い、時計を見た。確かにそろそろ来てもおかしくない、そう口にした時だ。ドアがノックされた音が二人の耳へと届く。メリアが立ち上がった。そしてドアの方へと歩む。シュルクは椅子に座ったまま二人を待った。メリアが重い扉を開ける。見知った顔が二つ、こちらを向いている。カルナの明るい茶色の瞳、フィオルンの草木にも似た緑の瞳。メリアが笑んで二人を招き入れる。フィオルンはメリアの右隣に、カルナはフィオルンの右隣に座った。メリアは席にはつかず、新たにやってきた二人と飲み終えた自分とシュルクのために紅茶を淹れにキッチンへと走った。盆を手にするのも忘れずに。

「庭も綺麗だったけど――中も綺麗ね」

初めてここへ来たフィオルンがそう言った。天井の高いこの部屋は確かに綺麗だった。カルナも頷いている。メリアが紅茶を運んできた。カップにはそれぞれ違った絵が描かれている。目の前に置かれたカップを見、フィオルンとカルナはメリアに礼を言った。フィオルンはカップを両手で包み込むようにして、手を温める。

「――美味しい」

紅茶を一口飲んだカルナが言った。それを聞いたメリアの頬が薄紅色に染まる。嬉しそうな顔にカルナの表情も綻ぶ。メリアが菓子をすすめると、フィオルンもカルナも手を伸ばし始めた。甘い菓子が嫌いな女性というのはかなり少数派だ。二人も大部分の者と同じようだったらしい。

「これ、ミスティックダリアよね」
「よく知っているな、フィオルン」
「ふふ、綺麗な花よね。メリアによく似合うわ」

キウイだろうか、メロンだろうか、緑色のジャムが乗ったクッキーをフィオルンが口へと運びながら言った。彼女も、メリアも微笑んでいる。二人だけでなく、シュルクとカルナもそんな表情をしていた。


フィオルンとカルナが来て何時間経っただろうか。
長くは許されない、自由でのびのびとした幸せな時間。こんな時間をこれから先の未来で送れるようにシュルクたちは戦わねばならなかった。そろそろダンバンたちと約束している時間だ。メリア、フィオルン、カルナはこの離宮に泊まるのだが、眠る前にやることがある。皆で夕食をとる、ということが。一番に立ち上がったのはシュルクだった。女性三人もそれに続く。四人は外に出た。メリアが冷たい鍵を鍵穴に差し込んで施錠する。空は黒に染まりつつあった。待ち合わせ場所は希望の噴水前だ。シュルクを先頭にして、四人は行く。明日がゆっくりと、迫ってきている。明日にはどんなものが待ち受けているのだろう、数時間先のことすらよくわからないのだから、未来という言葉は怯えそうになるほど果てない。四人の背を橙色の光が照らしていた。


title:泡沫


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