xenoblade
燦々と光が降り注ぐ昼下がり。ここは巨神界中層部に広がる熱帯の地――マクナ原生林。右を見ても左を見ても緑ばかりが自己主張するこの場所にフィオルンたちはいた。ここで生活するノポン族からの魔物討伐依頼を受けて、だ。通り抜ける風は生暖かく、天のそれはじりじりと照りつける。一時間ほどの自由時間を与えられたフィオルンはハイエンター族の少女メリア・エンシェントをつれて花畑を目指し歩いていた。メリアは草花を愛する優しき心の持ち主。以前、この地を訪れた時偶然発見した花畑。フィオルンはそれを親友に見せたかったのだ。小鳥の歌声が響く。木々の緑の隙間から溢れる光。フィオルンはメリアの手を引きながら思う。ここだけを切り取ってしまえば、なんて美しい世界なのだろう、と。巨神界で生きるホムスたちは機神兵の襲撃を恐れ、モンスターは我が物顔で闊歩し。それらもまた彼女らをとりまく過酷な現実であるが、この美しい光景もまた現実である。フィオルンは軽く首を横に振った。それらをどうにかする為に、自分たちは――シュルクたちは戦っているんじゃないか、と。
「着いたわ、メリア」
フィオルンが振り返って言う。彼女の右手を手に取る少女がぱっと表情を明るくさせる。メリアは感嘆の声をあげた。そこは色鮮やかな花々が咲き誇る楽園。緑の中に赤やピンク、白や黄色といった様々な花が咲いている。それに加えて響く囀り。メリアは一歩前に出た。彼女の頭部にある白い翼が揺れている。ハイエンターとホムスの混血児であるメリアの翼は、普通のハイエンターと比較すると極端に短い。それはすべての混血に現れるものではないのだが、彼女の場合はそうだった。夜の空を流れる星のような銀の髪が揺れている。フィオルンの金髪もまた同じだ。メリアは屈んで、白く細い指を花弁に這わせた。柔らかなそれは少女と触れ合うことでより一層華やかな笑みを浮かべる。
「素敵な場所だな」
メリアが視線をそちらへ向けたまま言った。その言葉が聞きたかった。何かと辛いことの多い旅。フィオルンは世話になっている親友メリアへ礼がしたかった。彼女はここ緑深きマクナでシュルクと出会い、彼らを運命の場所――監獄島へと導いた。戦いの場が機神界に変わっても、彼女はその力を世界とシュルクたちの為に使ってくれた。フィオルンが自我を取り戻した頃、シュルクの為に、そしてまだ名前程度しか知らなかったフィオルンの為に戦う彼女の姿を見てフィオルンは心を震わせた。ハイエンターの皇家の気高い血を引き継いだ少女はシュルクを、ラインを、ダンバンを、カルナを、リキを、そしてフィオルンを仲間と呼び――今に至る。フィオルンもまたメリアの隣へと動いた。そこで横にいる彼女を見やる。メリアの綺麗なブルーアイは色彩鮮やかな花々を映し、それからフィオルンのことを映した。
「ありがとう、フィオルン」
彼女の薄紅色の唇がそれを紡ぐと、フィオルンは温かなもので満たされた。
「こうやって花を見ていると心が安らぐ。それに――亡き母上のことを思い出すな」
フィオルンやシュルク同様、ホムスであったというメリアの実母。フィオルンはその人物についてよくは知らないが花を愛でるところは彼女譲りなのかなと感じた。メリアはぽつりぽつりと語る。それを聞いてフィオルンは先程感じたことが真実であると知った。風がざあっと吹いた。ふたりの間をそれが走って行く。ふたりは随分と仲が良くなった。けれども遠くから見ればまだそれは僅かな時間に過ぎない。これからの長い時間を、共に支えあって生きていくことを誓うふたりにはそのようなことは些細なことに過ぎないのだが。フィオルンはメリアが発した礼の言葉を胸の中で何回も再生していた。ありがとう。そして、紡がれた自らの名。フィオルンが視線を上へと動かした。緑と緑の間にある青に、白が走る。鳥だ。大きな翼を持つそれが悠々と飛んで行く。この広いふたつの世界で彼女という存在に出会えたことは、奇跡だ。安っぽい言葉でしか表現できない自分がもどかしかったけれど、そういった言い方がベストなのかもしれない。メリアは微笑んでいる。いつの間にか立ち上がって、一歩ずつ進んで。フィオルンは少しだけ焦った。彼女がどんどんと先に行ってしまうような気がしたからだ。しかしメリアはすぐに振り返って、その白い手をフィオルンへと差し伸ばしてくれた。ふたたび繋がれる手と手。フィオルンはしっかりとそれを掴んだ。彼女と共に戦って、笑って、泣いて、そしてまた笑って。そうやって時を刻んでいくこと。戦いの果ての未来を掴むためにも、少女たちは手と手を取り合う。空は青いまま、どこまでも真っ直ぐなまま、ふたりの少女を見つめ続けていた。
title:泡沫