ゼノブレ | ナノ


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長い旅が終わって早半年。コロニー9を柔らかい光が照らす。様々な色をした花々の優しい香りを乗せた風が吹き抜けていく。穏やかな顔をした水面はきらきらと輝き、街の人々はそれらに囲まれてゆっくりと流れる時間の中、生きていく――。

英雄ダンバンの実妹であるフィオルンはお手製の焼き菓子を入れたバスケットを手に街を歩んでいく。彼女が目指しているのは丘の上にある小さな公園。フィオルンの胸は高鳴る。久しぶりに大切な友と会う約束をしているのだ。彼女は機神兵のひとつ――「フェイス」のコアユニットとして生きていた壮絶な過去を持つ。その身体の七割が機械によって改造されていた。長い時をその身体で生きたのだが――機神界人(マシーナ)の医師によってごく普通のホムスに戻ることが出来たのである。短かった髪も、いつの間にか随分と伸びた。それは降り注ぐ光にもよく似た色をしていて、風によってさらさらと踊る。ゆっくりと、だがしっかりと歩くフィオルンをハイエンター族の少女が追い抜いてく。少女の短い頭部の翼を見て、フィオルンは脳裏に友の姿を思い描く。今日久しぶりに会う、彼女の面影を感じ取って。コロニー9は元々ホムスと少しのノポンが暮らす街であったが、世界が新しい道を選んだ今は、先程の少女のようなハイエンターの生き残りや、機神界の民・機神界人(マシーナ)などといった種族も多く見られるようになった。人々は手を取り合い、支えあい、励まし合い――未来を信じて生きているのだ。フィオルンは街を出、階段をあがる。この先に彼女のお気に入りの場所である「見晴らしの丘公園」がある。ふたりはもう来ているのだろうか。それとも、自分が一番に到着するのだろうか。フィオルンは考えながら進む。そんな彼女の耳に届くのは、鳥達の美しい囀り。あの頃はそういったものを美しいと愛でる余裕など無かった。平和を取り戻し、世界が新しく生まれ変わった今だからこそ――ありとあらゆるものの美しさを感じ取れるのかもしれない。少女が笑みを浮かべると、また別の種類の小鳥が歌うそれが響き渡った。


「フィオルン!」

公園へ足を踏み入れた彼女の名が紡がれる。緑の黒髪が風に揺れており、紅茶色の瞳は少女を見つめる。その人物はベンチに腰掛けており、やってきたフィオルンに微笑みを浮かべた。

「カルナ…!」
「元気そうでよかったわ、フィオルン」

カルナはコロニー6の衛生兵で、治癒エーテルを専門とする女性だ。彼女もまた悲しみを乗り越えて今という未来を掴み取った。フィオルンは静かに彼女へと寄り、そしてベンチに腰を下ろす。もうひとりの友はまだ来ていないらしい。カルナは真っ直ぐな視線をフィオルンへと向ける。フィオルンもまたカルナの目を見た。絡まる視線をゆっくりと紐解いて、ふたりは眼下に広がる世界へとそれを動かした。風によってざわざわと言葉を発する緑の木々。花が咲き乱れる中を、深い青の翅をした蝶々が飛んでいく。十五分ほど、経過した頃だった。もうひとりの友がその場に到着したのは。

「フィオルン、カルナ。遅くなってすまない」

長い銀髪の一部をくるりと巻いた少女がそう口にする。優しい湖のような色をしたふたつの目には光。

「――メリア!」

メリア――メリア・エンシェントだ。伝説とさえ言われてきたハイエンターの血をその身に流す故に、彼女はフィオルンやカルナよりも遥かに長い時を生きてきた。円を描く髪を揺らしつつ、彼女はふたりの側へと歩む。そしてフィオルンの左隣に座り、笑みを浮かべて友を見る。久しぶりだな、という言葉を発して。フィオルン、カルナも久しぶりに会う共にその挨拶をして、それから三人は遠くを見つめる。三人でこうしていると、色々なことを思い出す。懐かしさがこみあげる。確かにあの日々は過酷な戦いの繰り返しであったし、悲しいことも山ほどあった。それでも最後まで戦い抜けたのは、背中を預けられ、そして心を繋ぎ合う仲間がいたからだ。出会いと別れを繰り返し、時に泣き、笑い、そして彼女たちは未来を掴んだのだ――輝かしい、今を。

フィオルンはバスケットの中に入っていた焼き菓子をそっとつまみ上げ、カルナとメリアに渡す。ほんのりとした甘い香りが鼻孔をくすぐった。どうやらハーブを練り混ぜたものであるらしい。黒髪の女性と、銀髪の少女は「いただきます」と言ってからそれを口へと運ぶ。優しい甘さが口の中に広がる。しつこくない甘さだ。とても上品な味がする。美味しい、とふたりが言えばフィオルンの表情はぱっと明るくなる。嬉しそうに「ならよかったわ」と言い、胸元に手をやった。知り合いにレシピを聞いて、はじめて作ったのだと明かすとカルナは感心した様子を見せた。

「そういえば」

カルナが口を開く。少女たちの視線が彼女へと向けられる。

「いつだったかしら。そんなに前じゃないと思うんだけど――コロニー9に何か用事があって、私達はこの公園に来て、何か話をしたわよね」
「ああ、そんなこともあったな……」
「女の子だけの秘密、とか言って色々話したような気がするわ」
「そうそう」

三人は笑う。戦いを繰り返していたあの日々にも安らげる時は、確かに存在していたのである。フィオルン、メリア、そしてカルナの三人でシュルクたちとは内緒でお喋りをしたことがあったのだ、主にフィオルンの話をメリアとカルナのふたりで頷きながら、時に疑問を投げかけながら聞いていた。フィオルンにとってダンバンはたったひとりの家族。シュルクとラインは幼馴染みという特別な存在で、長い付き合いをしてきた。そんな彼らとの日々を切り取って、少女は友に語りかけたのである。ああ見えて涙脆い兄の話や、シュルクとラインがちょっとした喧嘩をした時の話。幼き頃のフィオルン、シュルク、ラインの冒険話――などなど。女性は内緒話というものが男性に比べて好きである、という話をどこかで聞いたがそれは間違いではないようだ、とカルナは思った。爽やかな風が通り抜ける。久々に声を交わす三人を祝福しているかのように。

「そうね――私もジュジュと喧嘩したことがあるわ。と、いうかシュルク達には言い争っているところを見られたわね」

ジュジュというのはカルナの実弟で、コロニー6の復興活動に全力を尽くした少年の名だ。

「そうだったの?確か、カルナとシュルクたちはガウル平原で出会ったのよね?」
「ええ、そうよ」

カルナが首を縦に振る。ガウル平原。そこはどこまでも広がっているような感覚に陥るほどに広大な緑の大地のことである。カルナの故郷であるコロニー6と、ここコロニー9を繋げている。

「出会った時のこと、か。私はカルナたちに助けてもらったのだったな」

メリアは少し哀しげな目をして、ぽつりと「アイゼル」という名を零す。彼女はカルナたちと出会ったマクナ原生林で仲間を失ったのだった。アイゼル――ガラン、ホグド、ダミル。そんなハイエンターの少女を見て、カルナが、そしてその場にはいなかったフィオルンも目を伏せる。それからメリアはシュルクたちに助けられたことを思い出した。行き倒れていたメリアを助けた恩人たち。シュルクはメリアを抱えて、それからわざわざ治癒に必要なエーテル結晶を探しに行ってくれたのだ。そんなシュルクに、目覚めたばかりのメリアは彼の接近に驚いて、平手打ちまでしてしまった――メリアはひとり、苦笑する。今は口にしなくていいことだと思ったので台詞にはしなかったが。

「私も、みんなに助けてもらったよね。……ありがとう」

フィオルンが何個目かになる焼き菓子に手を伸ばしてからそう言った。揺れる木々が緑の葉を雨のように降らす。機械化されたフィオルンがシュルクたちと再会し、共に戦う道を選んだのは、カルナやメリアがモナドを受け継ぎし者シュルクと出会って随分経ってからのことだった。メリアは少しだけ、複雑な顔をした。あの頃はもやもやした思いも抱いたからである。立ち込めていたその霧のようなものはもう既に無くなってはいるのだが。フィオルンはその表情に気付かなかった。カルナは――気付いていたかもしれない。それでも何も言ってこないのは、彼女なりの優しさである。そうメリアも知っているからこそ、沈黙を選んだ。そしてフィオルンの紡ぐ礼の言葉に、ふたりは頷く。顔を上げた時、メリアの瞳に曇りは無かった。

それから三人はいろいろな事を話し合った。女性三人が揃っているからこそ話せることや、シュルクたちについてのこと、これまでのこと――そしてこれからのことを。世界を見据え、彼女たちはそれぞれの誓いを立てる。悲しみの果てに未来はあるのか――。戦いの果てに未来はあるのか――。そういった疑問を投げかけ、もがき、苦しみながら生きていたあの日々を胸に抱いて。その「未来」を、彼女たちは守りながら生きていく。次へと繋がる、力をその手に。綴られた言葉たちを、フィオルンとメリア、そしてカルナはそっと胸に秘めたノートに残しぱたんと閉じる。それから三人は空を仰いだ。何処までも高い、何処までも澄み切った青で、その瞳を染めて。


title:空想アリア
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