ゼノブレ | ナノ


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雨の降る音がひっきりなしに響く。ここはマクナ原生林――巨神界中層部にあたる、高温多湿な緑の地である。シュルク達はこの地で生きるノポン族からの依頼――主に魔物討伐の為に森を進んでいたのだが、雨が強まってしまったので今進むのは危険と察し、比較的モンスターの少ない場所で体を休めつつ、雨があがるのを待つことにした。ざあざあという雨の音。それにも慣れてしまった頃。時間でいうと午後の二時あたりを過ぎたあたり。カルナは大地を潤すそれから目を逸らし、大切な仲間たちの姿をその濃い色をした瞳に映す。シュルクとダンバンとメリアが何かを話している。真剣な眼差しをして。シュルクは未来を視せる剣――モナドを振るい闘う少年だ。その剣を嘗て使っていたのがダンバンである。ホムスの英雄と呼ばれる彼の存在は、カルナも出会う前から知っていた。メリアは――メリア・エンシェントはハイエンター族の少女で、エーテルによる攻撃を得意とする。頭部にある白く短い翼が彼女の特徴である。三人のいる場所から視線をスライドさせる。目に映ったのはノポンの「勇者」であるリキと、機械化されたホムスの少女フィオルン。リキは元気良く飛び跳ねており、それを微笑みながら見つめているフィオルン。そしてカルナはもうひとりの仲間に目をやる――ラインだ。短い赤の髪が緑に映える。コロニー9の防衛隊員である彼は、幼馴染みのシュルクよりも大分がっしりとした体つきをしている。カルナは時々、ラインにガドを重ねて見てしまうことがある。ガド――彼はカルナにとって、大事な存在だった。永遠の愛を誓うはずだった彼。フィオルン同様、機械化された彼。カルナを――自分たちを守る為にその命をかけたガド。あの時、悲しみの淵に立った時、そっとカルナを支えてくれたのはラインだった。ラインは優しい男だ。少し空気の読めないところがあっても、いつでも前向きなラインはカルナにとって頼れる存在なのだ。これは「もし」の話だが――もし、ラインにガドに抱いたもの以上の「想い」を抱く日が来るかもしれない。カルナは萌黄色の下で彼を見つめる。彼は、彼女の視線になかなか気付かない。カルナは彼から視線をずらして、そっと手を組んだ。祈るように、そして願うように。

午後三時を過ぎた頃。ラインはひとり、仲間たちの輪から外れた場所にいる彼女のことが気になった。彼女――カルナはコロニー6という街の衛生兵で、弟がひとりいる。ラインよりも幾つか年上の彼女は、何かに縋るような目を緑に向けていた。どうしてもそれが気になった。緑の黒髪が生暖かい風にゆらゆらと揺れている。ラインは静かに一歩歩んだ。彼女は気付いていない。カルナは今何を思っているのだろう、ラインは考える。もしかしたら、彼女はひとりでいたいのかもしれない。自分が側に行くことは正しいことなのかも分からない。けれど、ラインの足は動く。ラインは彼女の強さを知っている。そして、それと同時に彼女の弱さもまた知っている。あの時――ガド、という男はカルナを自分に託したように見えた。もしそうであるのならば、自分はカルナを守らなくてはならない。命をかけて。ガドが繋いだその命を、待ち受けている未来のその先まで。

「カルナ」

あと数歩、というところでラインは彼女の名を呼んだ。少し声が震えてしまっていたかもしれない。

「……ライン」

カルナが振り返る。さらさらと揺れ動く黒髪。その時、風が吹いた。雨の音を引き裂くように。ラインは次の言葉を探す。用意しておけば良かったのだが、そこまで手が回らなかった。彼女に声をかける、ということに必死になっていたからだ。カルナは言葉に詰まるラインを見て、くすくすと笑った。その笑顔はとても優しげで、柔らかなものであった。そして薄紅色の唇が言葉を紡ぐ。

「今――あなたのことを少し考えていたの」
「お、俺!?」

何で、と目を丸くするライン。頬が赤く染まっている。

「あら?いけない?」
「いや、いけなくないけど……」

むしろ嬉しい、とは言えなかったが、カルナはそれを全て知っているかのような目をしていた。ラインもまた、「少し」という台詞に彼女にとって最も大切な存在であったガドの横顔を垣間見た。ふたりは沈黙する。彼と彼女の間を雨音が走り抜ける。雨が降っているせいだろうか、鳥の囀りもあまり聞こえない。もしかしたらふたりは先ほどからお互いに相手の言葉しか聞こえていないのかもしれなかった。駆け抜ける雨音さえ、もう気になっていないのだから。しかし、なかなか、次の台詞が出てこない。思うことは簡単なのに、言葉にするのはなんて難しいことなのだろう。ラインは頭を掻いた。カルナはそれを見ている。何も言わない。だから世界は何処までも静かなまま。
どれだけの時が流れただろう。ほんの数分のような気もするし、もう数十分こうしていたかもしれない。やっと声を発したのはカルナの方で、彼女はラインに「そろそろ戻りましょう」と言った。その言葉で現実へと引き戻されたラインは頷く。本当は、もう少しふたりでいたかった。それは恐らくラインだけではない。彼女の方も少し寂しそうな目をしていたから。ラインは勇気を出し、カルナに手を差し伸べる。少し驚いたような表情をしたカルナであったが、すぐに笑顔になってそれを掴んだ。ぎゅっと握られる手と手。相手の存在を確認するかのように。心臓が高鳴っている。ラインは誓う。この女性を守ってみせると。それは――「彼」との透明な約束。カルナもまた新たな想いを抱いたようだった。ラインとカルナは、雨が少し弱まりつつあることに気付いているのだろうか。それとも、もう雨なんて気にならなくなっているのだろうか。カルナが強く握り返す。それに答えるように、彼女へ笑顔を見せるライン。ふたりの間にあるものは、輝きを増していた。


title:白々

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