ゼノブレ | ナノ


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雨が降っている。――ここはエルト海。ノポン族の暮らすサイハテ村上空にある、広大な海。巨神の後頭部に位置するこの海の青は何よりも美しいものなのだが、今は少し彩度を落としているように見えた。しとしとと降る雨。彼らはシウェラート灯台で雨宿りをしていた。皇都アカモートで引き受けた幾つかの依頼。それをこなす為にエルト海に出たのだが、ちょうど灯台に辿り着いた時、雨が降りだしてしまったのだ。灯台守の話によればそう長く降ることはないだろう、という事なのでシュルク一行はここで雨が止むのを待つことにした。

その少女は腰を下ろし、降り続ける雨の音に耳を傾けている。青い宝石のような瞳。頭部にある白い翼。ハイエンター族の少女、メリア・エンシェントである。きらきらと輝く銀髪はくるりと円を描いており、その眼差しは優しくもあり、強さも垣間見えるものであった。彼女から少し離れた場所で何やら遠くを見ている人物がいる。ホムスの英雄と呼ばれるダンバンだ。ダンバンはシュルクの幼馴染みであるフィオルンの実兄であり、シュルクからも尊敬される人物だ。嘗てはモナドを振るっていたダンバンだが、いまその神与の剣はシュルクの手にある。それの力を最大限に引き出せているのはシュルクなのだ、という現実を見据え、彼は別の武器を手に戦っている。ダンバンはちらりとメリアの方へ視線を寄越した。メリアの方はそれに気付いていない様子だった。メリアは今、きっといろいろなことを思い出しているのだろう。目の前で殺められた父、ソレアン。マクナで散っていったアイゼルたち――。それらは重く彼女の胸の中に横たわっている。ダンバンはしばらく彼女を見ていた。それでも彼女は彼に気付かない。ダンバンからまた少し離れた所ではシュルクがフィオルン、カルナと会話をしている。リキとラインは灯台守となにやら話をしていた。その話し声も、俯くメリアの耳にはきっと届いていない。彼女はいま、仲間たちの傍らで、孤独な世界に足を踏み入れているのだ。そこには悲しみと痛みが確かに存在しており、それのずっと先に輝ける何かがある。ダンバンはそっと歩み寄った。彼の髪がさらさらと踊る。やっとメリアが顔を上げた。雨の音の先で、彼の声が響く。――メリア。彼女の名を綴る彼の声が。

「――ダンバン…」

青い瞳が彼の存在を映し出した。ダンバンは「ここ、いいか?」と問いかけ、メリアの答えを待ってからそこに腰を下ろした。それから付け足すように彼女は言う。

「…服が汚れるぞ」
「だったら、メリアは?」
「……今気が付いたのだ」
「そうか」

ダンバンは少しだけ笑った。それに釣られるようにメリアも小さな笑みをこぼす。

「雨のエルト海も絵になるもんだな――」

彼が呟くように言う。メリアは頷く。雨の音は嫌いではなかった。どこか落ち着く、そんな気がするのだ、と少女が言えば彼もそうだなと答える。それはきっと、これが恵みの雨であるからだ。これは同時に、メリアの足元に転がっていた悲しみをそっと押し流してくれているもの。そんな、優しい雨なのだ。メリアはダンバンを見る。ダンバンもまたメリアを見る。お互いに大切な存在を、その清らかな目に映し、同じ事を想う。――雨はもうすぐ上がるだろう。そうしたら立ち上がって、七人でエルト海をまわる。こうやっていられるのは今だけだ。この僅かな時間を、メリアは、ダンバンは、大事にしたいと思った。絡まり合うのは視線だけではない。胸に抱いていた感情が静かに、だが確実に、くるくると円を描いて飛び出し絡まるのだ。ダンバンがそっとメリアの頬に触れる。そこには雨のしずく。風に運ばれたのだろうか。それを拭ってやると、彼女の頬に紅が差す。彼の優しい温もりを得て、メリアの胸の中に横たわっていた悲しい感情が、少しだが薄れてきた気がした。喪失感が消えたわけではない。現実は何も変わらない。だが支えてくれる人物がいる。それだけで膝をついてしまいそうだった自分は消える。その足で立ち上がって、歩み出せる。彼の手を握ってでもいい、その足が動くのならば。

それから時計の針が少し進んでから、雨がやんだ。シュルクとフィオルンが、ダンバンとメリアの名を呼ぶ。彼らの側にはカルナとライン、そしてリキの姿もあった。ダンバンが先に立ち上がり、メリアに手を差し伸べる。少女はその手を掴む。逞しいそれを、強く、強く。ダンバンに礼を言い、メリアは彼とともにシュルクの側へと進んでいった。雨の降った証である水溜りがあちらこちらにある。雨雲は去り、いつもの優しい青が彼女たちを見下ろしている。――世界は美しい。愛するものが存在するこの世界は。


title:空想アリア
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