ゼノブレ | ナノ


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鬱蒼とした深い森。汗で衣服が肌に張り付くのを感じる。ここはマクナ原生林。巨神の背中に広がる、緑の楽園。小鳥たちの美しい囀りと、木々の隙間から顔を覗かせている柔らかな光が降り注ぐ。そんな森の中を、少女がふたり、歩いている。ひとりは頭部に翼を持つハイエンター族のようだ。そしてもうひとりは機械化されたホムス。ふたりは肩を並べて歩いている。銀髪の少女が、金髪の少女に微笑みかけて何かを口にした。それを聞いた少女も笑い、言葉を返す。そんなふたりの間を縫うように美しい翅をした蝶が飛んでいった。銀髪の少女の名はメリア。もうひとりの少女、機械化されたホムスの少女の名はフィオルン。ふたりは神与の剣――モナドを持つ少年、シュルクと共に旅をしている。彼らは訳あって、ここマクナにやって来たのだろう。自由時間を与えられた少女たちは、シュルクらと別れて森の奥を目指していた。過酷な旅をしている彼女たちにも、癒しの時間は必要なのだろう。

「ここよ、メリア」

フィオルンが目の前に広がるそれを指さして言った。彼女の見事な金髪もきらきらと輝いている。フィオルンが指さしているものは、花畑。色とりどりの花々が咲き誇っている。良い香りが鼻孔をくすぐった。そこは深い森の奥だというのに不思議なほど明るく、その光を受けた鮮やかな色は息を呑むほど美しいものであった。フィオルンはちらりと友人の顔を見る。メリアはとても嬉しそうな顔をしていた。深い湖のようなブルーアイが煌めいている。メリアは花が好きだった。皇都アカモートの離宮で生活していた頃から、ずっと。花壇の花々は、彼女の数少ない友であった。フィオルンは少し前に、偶然この花畑を見つけたという。機会があれば彼女を連れてここに来たい、そんなふうに思っていたのだと明かせば、メリア・エンシェントはそれこそ花のように笑む。そしてその薄紅色の唇が紡ぐ、感謝の言葉。笑顔とその言葉を見、聞くだけで、フィオルンの心があたたかなもので満ちていく。フィオルンはメリアのそんな顔が見たかったのだ。ここ最近はモンスター討伐依頼や、アイテム収集の依頼などでバタバタしていた。戦いの日々が続いていた。マクナ原生林に行くとシュルクから聞いた時、フィオルンはこれがチャンスだと思った――メリアにあの場所を案内する、チャンスだと。きっと喜んでもらえる――そう思って。メリアは実際喜んだ。無邪気な微笑み。心が純粋であるからこその表情。メリアは屈み、紫色の花びらにそっと触れた。その花は、触れられることに心から喜んでいるかのように、甘い香りを放った。フィオルンも思わず笑みをこぼす。穏やかな時が流れていく。それは、大切なものの為に、大切な人たちの為に、戦う日々を送る彼女たちに「必要」な時間だった。メリアが立ち上がり、草花を踏まないよう注意しながら奥へ進んでいく。そこにもまた、たくさんの花が咲き乱れている。そのひとつを指さして、彼女が言った。

「この花は、私のお気に入りの花だ」
「そうなの?」
「ああ」

フィオルンはメリアに近づく。彼女もまた、足元に注意しながら。

「ここ、マクナに降りてきて間もない頃――アイゼルが名を教えてくれた花なのだ」

アイゼル。彼はメリアの大切な仲間であった男性だ。皇都からメリアと共にマクナに降りてきたハイエンター衛士のひとりである。彼らがテレシアの手によって巨神に還ったことを、フィオルンは少し前にメリアの口から直接聞いていた。フィオルンは「そうなんだ」と言い、屈み、先ほどメリアがそうしていたように花に触れる。柔らかな花弁。そして、優しげな香り。フィオルンは言う。私もこの花が好きになった、と。大切な人からそっと繋がる感情。鳥の歌声が響き渡る中で、少女たちは笑んでいる。ふたりの間にあるそれは、何よりも強く結ばれている。それは、見えないものだけれど、なによりも綺麗で、なによりも確かなもの。メリアとフィオルンは暫くそこにいた。穏やかな、優しい時間のなかで佇んでいたかったから。


title:泡沫

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