ゼノブレ | ナノ


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「美味しい。これ、すっごく美味しいよ、フィオルン」
「――本当に?」
「うん、すごく美味しい」

美味しいを連呼するシュルクにフィオルンは微笑んでみせる。ここはコロニー9、見晴らしの丘公園。その名の通り見晴らしがよく、訪れる者に美しい景色を見せてくれる。フィオルンが作った弁当をシュルクが食べており、それを彼女が少しだけ心配そうな表情で見ていた。その表情の理由はまだ使ったことがなかった新しい調味料を使ったせいなのか、自分ではあまり上手に作れなかったと思っているせいなのか――シュルクは彼女のそんな表情に気付かないまま、食事を続けていた。

あの長く辛かった戦いが終わって、約一年。吹き抜ける風は、機神兵による悲惨な襲撃など無かったかのように穏やかだった。だが人々は忘れていない。ここコロニー9が襲われ、大切な人たちの命が奪われたことを。
今、こうしてシュルクと共にいるフィオルンもその中の一人だと思われていた。黒い顔つき――彼はダンバンの戦友であるムムカだった――の鋭い爪により柔らかな身体を貫かれ、絶命したのだと。シュルクは深い悲しみとたぎる怒りを抱えて旅に出た。復讐の旅だった。だが、思いがけないところで二人は顔を合わせることになる。エルト海に浮遊する監獄島に舞い降りた白い顔つきの中にフィオルンがいたのだ。彼女は機械の身体にされ、シュルクのことも、たったひとりの家族であるダンバンのことさえも忘れていた。その後、ヴァラク雪山とガラハド要塞で彼女と対峙し――結論から言えば落ちた機神の左腕でシュルクとフィオルンはやっと再会することが出来た。置いていってもいいと口にした彼女に、冷たい機械の身体であっても、フィオルンはフィオルンであるのだとシュルクは口にし、共に戦い抜き――今がある。
フィオルンは思い出を辿りながらシュルクを見た。辛い思い出でもある。だが大切な思い出であることも確かだ。彼はフィオルンの作った弁当を美味しそうに食べている。こんな顔をされたら、また作りたくなってしまう。心配など吹き飛んでしまった。思わず笑みがこぼれる。木々の隙間から差す光に照らされて、フィオルンの笑顔の輝きが増す。シュルクは最後の一口を口に運び、咀嚼し、飲み込んで弁当箱の蓋を閉じながら「ごちそうさまでした」と言った。フィオルンはその様子を笑顔のままで見つめていた。

二人はしばらくベンチに腰掛けて、一年前の戦いを思い起こしていた。今は防衛隊員として頑張っているライン。フィオルンの兄であり、復興活動に力を尽くすダンバン。コロニー6の人々が避難していた脱出艇キャンプで出会った衛生兵であるカルナ。ノポン族であり、サイハテ村で暮らしていた伝説の勇者リキ。そしてハイエンターの皇女であり、今は世界中を回ってアカモートの復興を目指すメリア――皆、かけがえのない大事な仲間だ。戦いが終わり、平和を取り戻した今でも彼らとは連絡を取り合っている。ラインとダンバンは毎日のように会うことが出来るが、コロニー6に暮らすカルナ、サイハテ村に暮らすリキ、あちこち飛び回っているメリアとはそうはいかない。だがしばらく会えないとしても絆が弱まったりすることは無い。二週間前用事があると言ってコロニー9にやってきたカルナと、フィオルンは話す機会があったのだが、彼女は変わらないままだった。少し前にメリアがコロニー6へ来たという話も聞くことが出来た。メリアはそのままコロニー9まで行きたかったらしいが、用が出来て叶わなかったというところまでカルナは話してくれた。フィオルンは残念な気持ちになったが、カルナの「フィオルンにも会いたがっていたわよ」という一言でそんな気持ちも吹き飛んでしまった。友人というものは不思議である。

「フィオルン」

黙っていたフィオルンにシュルクの声が降りかかる。はっとして顔を上げれば、そこにはいつもと変わらないシュルクの顔があった。

「これからフィオルンは用事とかある?」

シュルクが問うので、フィオルンは首を横に振った。今日はシュルクにお昼ご飯を作って届けるという予定しかなかった。爽やかに吹く風はいつかの穏やかな日々の記憶を孕んでいる。

「一緒に商業区でも見て回らない?」

シュルクの誘いに、少女はこくんと頷いた。シュルクがこうやってフィオルンを誘うのは珍しいことだった。公園で弁当を食べても、その後いろいろと用事があることが多いからである。モナドを受け継ぎ、この巨神界に平和をもたらした者は忙しい、ということなのだろう。フィオルンは嬉しくなった。ただシュルクが誘ってくれただけなのに、だ。心がじんわりと温まっていく。フィオルンはそっと傍らのシュルクの手を握る。強くでも、弱くでもなく。

「――フィオルン?」

その行動に、シュルクは微かに驚いた様子で彼女の名を呟くように呼ぶ。フィオルンは笑いかけた。それを見た彼もまた、笑顔を作って彼女に向け、手を握り返した。それから二人はやっと立ち上がり、衣服を払って、肩を並べて階段を下りはじめる。カツコツという無機質な音をたてながら、ゆっくりと。シュルクの右手とフィオルンの左手は繋がれていた。確かに、ここに愛がある。友としての愛なのか、恋人としての愛なのか、それともまた違う愛の形なのか――彼らが答えを見つけない限り、断言出来る者はいない。少しずつ何かが変わっていく。それだけは感じ取れた。


title:確かに恋だった


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