xenoblade
雨が降っている。激しく降るそれはまるで大地を責めているかの様だった。――ガウル平原。そこは巨神の脚にあたる広大な緑の大地。この緑がホムスの暮らすコロニーとコロニーを繋いでいる。遠くで雷鳴がした。雨は止むどころか、逆に強まっている。シュルクたちは機神兵によって襲撃されたコロニー6の住人が少しの間暮らしていた「脱出艇キャンプ」で雨宿りをしていた。今夜はここで眠ることになるだろう。シュルクはダンバン、ラインとともにこれからのことを話している。カルナは夕食の準備をし、リキは体を休めている。フィオルンとメリアはというと、入り口付近に立って外を見ていた。ここから見えるものは殆どが緑。それを隠すように雨が降る。ざあざあ、という雨音もフィオルンは嫌いでなかった。何処となく落ち着く気がする。メリアのほうをチラリと見やる。彼女の澄んだ青い瞳は遥か遠くを見ている。視界こそ緑に染まっているものの、彼女の瞳がとらえようとしているものはそれではない。晴天の空にも、果てなき海原にも似た色をしたふたつの瞳は。
メリアの視線がやっと動いた。彼女がとらえたのは傍らのフィオルンであった。フィオルンもまたメリアの方を見ていたので、必然的に視線が絡まりあう。ふたりとも言葉を発そうとしていた。しかしそれはなかなか音にならず、ただただ雨の音ばかりが響いた。あと20分もすれば仲間たちで輪になり、食事をとることになるだろう。その前に、ふたりきりでいる間に、話したいことがあった。それはフィオルンにも、メリアにも。しかし、何故だろう。言葉が出てこない。長い時間を共にして、背中を預けてきた間柄だというのに。雨が強まり、音も変化した。ホムスからは「伝説」とされているハイエンター族の少女と、身体の大部分を機械によって組み替えられた少女の間のそれは。それから少しの時が流れた時だった。ふたりの声帯が、ほぼ同時に震えた。互いに相手の名を綴り、その偶然に目を丸くする。その動作もまた同じタイミングだったので、思わず笑いがこぼれた。くすくす、という音がざあざあ、という音を打ち消す。次に言葉を発したのはフィオルンのほうだった。
「雨、止まないわね」
金髪の少女の言葉に、銀髪の少女は「そうだな」と頷いた。明日の朝までにあがるだろうか。早いうちに倒したいモンスターが数体いる。このガウル平原を通ってコロニーへ行くホムスやノポンからモンスター退治を依頼されていたのである。それらはそれほど凶暴なモンスターでは無いし、恐ろしいほどの強さでもない。だが、それは戦うことで未来を掴もうとしているシュルクたちの目で見た場合だ。一般のホムスやノポンからすれば、その程度のモンスターであっても恐ろしい存在である。晴れてさえいればもう、それらを倒し終えて、仲間の無事を喜び合いながら夕食を食べていたはずだ。鈍色の雲が世界を見下ろしている。その場から離れる気はないらしい。フィオルンは自らの手で髪に触れ、薄紅色の唇を開く。
「ここって、雨だとちょっと雰囲気変わるわよね」
こういうのも悪くないけど、と少女が笑う。メリアも確かにその通りだと思ったのだろう、こくりと頷く。そんな会話を交わした直後、少し冷たい風がざあっと吹き抜けていった。それは冷たい雨に打たれている木葉を揺さぶっていく。それからふたりは再び沈黙する。メリアはこれまでのことを静かに思い出していた。涙することもあった。苦しくて苦しくて、心が折れそうになったこともあった。だがシュルクたち――大切な仲間たちがいた。だから、膝を大地につけそうになっても立ち上がることができた。伝えきれない言葉は風に乗り、時間をおいて自らへと降る。フィオルンとメリアを包む沈黙は優しいものだった。フィオルンもまたメリアのようにこれまでのことを思い描く。コロニー9で、たったひとりの家族である兄ダンバンと暮らしていた日々を。シュルクとラインという幼馴染みとの日々を。すべてが終わり――すべてが始まったあの日のことを。しかし、思い出の中の自分と、今の自分を比較する勇気はまだなかった。――冷たく、無機質な機械の身体。あの頃に戻れたら――それはメリアたちとの出会いを壊しかねない願いである。フィオルンは首を横に振り、その願いを振り払う。すべての出会いと、別れと、出来事と、そして思いが鎖のように繋がっているからこそ、今の自分がある。仲間もその鎖の先にいるのだ。
「そろそろ戻るか?フィオルン」
メリアの台詞が耳に届き、フィオルンは首を縦に振る。少しの笑みをその顔に刻んで。どんなに辛くても、悲しくても、そんな過去があるからこそ現在の自分が在る。そんな悲しみを乗り越えた先に、未来があると信じてフィオルンたちは戦い、生きていく。鼻孔を擽る美味しそうな香り。ノポンの勇者であるリキの明るい声と、それに突っ込みを入れるラインの声もする。くすくす笑っているのはシュルクだろうか。カルナとダンバンも少し笑っている。先を行くフィオルンが、数歩歩んでからメリアのことを見た。ハイエンターの少女は穏やかな眼差しをフィオルンへと向けていた。ふたりの間で輝くなにか。それにそっと手を触れて。仲間の声の中に、少女たちは滑り込む。雨音なんて聞こえなかった。
title:空想アリア