ゼノブレ | ナノ


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訳あってシュルクたちはコロニー9にいた。用事を全て済ませるまで、しばらくこの街に滞在することとなる。コロニー9はシュルク、ライン、そしてフィオルンとダンバンの故郷だ。ここは巨神の脹脛にあたるホムスのコロニーである。昔はもっと沢山あったホムスのコロニーだが、今ではこことカルナの故郷であるコロニー6、そのふたつしか残っていない。ノポン族であるリキはシュルクの家で、カルナとハイエンターであるメリア・エンシェントはダンバン邸で身体を休めることとなった。カルナはシュルクに用があると言って少し前にダンバン邸を出た。そのため、この家に居るのはダンバン・フィオルン兄妹とメリアの三人だった。三十分ほど前は、食事をとるために全員がここにいた。そのせいか、すうっと少し冷たい風が通り抜けていくような感覚を覚える。フィオルンはキッチンで使用した食器類を洗っている。ダンバンは椅子に腰かけ、なにやら考え事をしているようだった。メリアはというと、ダンバンの隣の椅子に座って彼女もまた彼と同じように何かを考えている様子だ。何を考えているのかはわからない。これからの事か。それともその逆の事か。じゃぶじゃぶという水の音、かちゃかちゃという食器類のたてる音、それから窓硝子に触れては去る風の音。それらの音のかけらたちが耳に入ってはすぐに通り抜けていく。ダンバンがちらりとメリアの方を見た。その視線に気付いたのだろうか、メリアもまたダンバンを見た。空を思わせるメリアの青い瞳に映る、彼の姿。視線は絡まり合う。強く、固く。メリアは目を逸らすことが出来なかった。ダンバンもそうなのかもしれない。少しずつ少女の頬が紅潮していく。白い肌にさす、赤。それにダンバンは気付いているのだろうか――そう考えるとなお頬が熱くなる。どうしてだろう、心が掻き乱された。

結局、ダンバンからもメリアからも言葉は発せられることはなかった。お互いに言葉を探していたが、見つからない様子だった。後片付けを終えたフィオルンがふたりの名を呼んだことによってぐちゃぐちゃに絡まりあっていた視線が解ける。ダンバンは、メリアは、少しだけフィオルンに感謝した。あのままではいつまでもそうしてしまっていたかも知れなかったから。カルナはまだ帰ってこない。タオルで手を拭き、キッチンから出てきたフィオルンが壁掛け時計を見る。だいぶ時間が経っている。女性が夜、しかもひとりで街を歩くのは危ない。この街の住人は皆優しいが、それでも心配にはなる。カルナは強い女性だ。戦う力も十分ある。けれども心配にはなる。ダンバンががたんと立ち上がった。彼の長い髪が揺れる。俺が迎えに行こう、そう口にして。メリアも立ち上がった。ぎぃ、と椅子をひく音が響いた。フィオルンは首を縦に振って「私はいろいろやるべきことをやっておくわ」と言葉を紡いだ。それを耳に入れたふたりも頷く。木製のドアをあけて、メリアとダンバンは外に出た。ひんやりとした空気が彼らを包む。夜風は冷たい。ダンバンが一度家の中にひき返し、数分後に戻ってきた。手に女物の上着を手に。どうやらフィオルンのものを借りてきたらしい。それをメリアに羽織らせる。

「あ…ありがとう、ダンバン」

礼を言うメリア・エンシェントにダンバンは微笑した。女性は身体をあまり冷やさないほうがいいからな、と付け加えて。コロニー9商業区には人の姿がそこそこあった。エーテルランプの光が幻想的に街角を照らす。メリアの少し先をダンバンが行く。そんなダンバンを見て会釈する住人もいた。ダンバンは英雄だ。大剣の渓谷での戦いで、神の剣「モナド」を振るい、ホムスに勝利をもたらした英雄――。今、その剣を――モナドを振るっているのは彼ではなく、シュルクである。そしてダンバンはそんなシュルクを見守り、支えているというわけだ。何回ダンバンに救われただろうか、メリアはそんなことを思いながら歩く。そして彼の力になりたいとも願う。ダンバンが振り返った。メリアとダンバンの間が大分開いていた。考え事をしていたメリアの足がゆっくりとしたものになっていたようだ。足音が少し遠ざかったのでダンバンは振り返ったのだろう。メリアは顔をあげ「すまない」と言いながら空白を埋めた。ダンバンが大きな手をメリアに差し出した。メリアは少し戸惑う。一度深く空気を吸ってから、頭部に翼を持つハイエンター族の少女は英雄の手を取った。彼はふと笑ってからぎゅっとメリアの小さな手を優しく握る。メリアも握り返す。こうやっていられるのは「ふたり」でいる時だけ。僅かな時。あたたかさを分け合う、穏やかで安らかな時。歩いていく二人の背を、風が押す。軍事区が見えてきた。メリアが少し強めにダンバンの手を握り、それからそっと解く。もう一度視線を絡めてから、ふたりは足を速めた。


title:空想アリア

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