ゼノブレ | ナノ


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その日、巨神界上層に住まう古種族ハイエンターである少女――メリア・エンシェントが目を覚ますと、そこに優しい眼差しが降ってきた。それに気付いた少女は思わず頬を赤らめる。機神界人(マシーナ)の隠れ里のジャンクス。横たわっていたメリアは身体を起こし、その眼差しをした人物をじっと見た。彼は心配そうに少女を見ている。おそらく、彼はメリアが目覚めるずっとずっと前からこうしているのだろう。カチコチと時計の秒針が時を刻んでいる。それ以外の音はない。とても静かだった。リナーダの姿もない。痛々しく笑む少女を見ている彼――ダンバンもまた、痛々しい表情をしていた。


何故メリアがジャンクス内のベッドに横たわっているのか――それは昨日、彼女は怪我をしてしまったのである。治癒エーテルを専門とする、カルナが即座にヒールで癒やしてくれたので大事に至らなかったが、彼女の白く細い手足には無数の傷跡が残っていた。メリア、ダンバン、そしてフィオルン。三人が共に戦っていた。相手は、名を冠するモンスター。普通のモンスターとは比べものにならないほどの強敵である。その強さは普通のモンスターの二倍や三倍ではきかないのだから、恐ろしい。だが彼らもまた強い、というのも事実だった。後少しで倒せる――七人の中で最も経験を積んだダンバンもそう思った。だがその刹那、モンスターが鋭い爪を振り上げてメリアに切りかかってきたのだ。いつもならばそれを避けることも出来ただろう。だがメリアは――いや、皆、疲れが溜まっており、不幸にもハイエンターの少女はその攻撃をまともに食らってしまったのだ。ダンバンはモンスターにトドメをさしてすぐにメリアへと駆け寄り、フィオルンは少し離れた場所で別のモンスターと戦っていたカルナたちを呼びに行った。ちょうど良い事に、カルナたちの戦いも終わっていた。メリアの手足から血が出ている。赤いそれは少女の肌を伝い、緑の大地に落ちていく。驚いて目を見開いたカルナが急いでヒールをかけ、ダンバンがメリアを抱いて、フィオルンはメリアの手を握り、シュルクとラインとリキは隠れ里へ向かう道をふさぐかのように襲い来るモンスターを斬り進んだ。雲一つ無い晴天で、日は傾きはじめていた。メリアは苦しそうな顔でダンバンを見た。彼女の声帯が震える。「すまない」と。ダンバンはそんなメリアを見て首を横に振り、フィオルンは隠れ里に着くまでずっと友の手を握っていた。その手はとても弱々しく、そして冷たかった。


「そんな顔をするな、ダンバン。そなたらしくないぞ」

小さく小さく笑って、メリアが言う。ダンバンはああ、とだけ言って黙り込む。自分がいながらも、彼女を守りきれなかった罪の意識。重いそれが彼の胸にあった。少女の命こそ奪われなかったものの、彼女が怪我を負ったのは事実。これまでも掠り傷やちょっとした傷を負ってしまった事はたくさんある。けれどもここまで酷い怪我は初めてだった。ダンバンは静かに少女を見る。少女もまた彼を見た。硝子玉のように、透き通った綺麗な青い瞳で。

「……皆はどうしている?」

メリアが横になったまま問いかける。ダンバンは少女に向けていた視線をそっと動かして、口を開いた。カルナとリキはアイテムの整理や買い物を、シュルク、ラインとフィオルンの三人はメリアに傷を負わせたそのモンスターと戦っている、ということを。それを聞いたメリアは難しい顔をした。自分が屈してしまったモンスターと、彼らが戦っている――。ダンバンも、かける言葉がなかなか見つからないようだった。メリアもまた、とても心配している様子だ。シュルクにフィオルン、そしてライン。ダンバンもメリアも、彼らの実力はよく知っている。だからこそ、不安になることもあるのだ。

「とりあえず明日位までは、ゆっくりと身体を休めるんだ」
「……そうだな」

メリアは素直にそう答えた。ダンバンは横たわる少女の肩に触れる。そこにいる少女の存在を確かめるかのように。ダンバンはメリアに向けていた視線を動かし、時を刻み続けるそれを見た。そのことによって、メリア・エンシェントが怪我をしたあの時からかなりの時間が経過していることをダンバンは知る。メリアはそんなダンバンを見て、思った。かつての戦いで神の剣であるモナドを振るい、機神兵を撃退したホムスの英雄がこんな表情をするなんて、と。巨神界中層のマクナ原生林で出会ってから長い時が流れ、絆も深まり、信頼し合う仲間となったけれども、こんな顔をしたダンバンを見るのは初めてだ。先ほど「らしくない」と指摘したばかりなので、また同じことを口にはしないが。妹のフィオルンならば、こんな表情をしたダンバンにどんな声をかけるのだろう――気になったが、フィオルンの姿は無いので、その疑問は海の泡のように手を伸ばす前に消えていった。自分を見やるメリアを見て、ダンバンは口を開く。彼の口から発せられた言葉は、メリアの消えていった疑問の答えそのものだった――。

コロニー9が襲撃されたとき。最愛の妹――たったひとりの家族であるフィオルンを失ったとき。もう誰も死なせない。傷付けさせない。ダンバンはそう誓った。それはフィオルンが生きていたという事実を知ってからも揺らいでいなかった。フィオルンを、シュルクを、ラインを、カルナを、リキを――そしてメリアを、守りきるのだと。大切な仲間とともに未来を掴むまで、戦いきると。――言葉など要らなかった。傷付いた仲間を悲しげに見つめる彼には、言葉など。それは、彼は悲しんでいるだけではないからだ。フィオルンが――仲間たちがいつだって傍らにいる。それだけで自分の傷は癒える。ダンバンはそう語った。メリアもまた頷く。確かに私もそうだ、と答えを見つけて。ダンバンは横になっているメリアに笑んだ。掛け布団の上に出している手に、ダンバンの手がのせられる。早く傷付いた身体や精神が癒えますようにと願いながら。彼の笑みを見た彼女も笑ってみせる。痛々しさなど、どこにもない。薄紅色の花のような微笑み。ダンバンは少女が眠りにつくまで、手を離さなかった。彼女が眠りに落ちると、名残惜しそうに手を離して、一度笑いかけてダンバンはジャンクスを出た。そろそろシュルクたちも帰ってくるだろう。アイテムの整理も終わった頃だろう。ダンバンはその手に残る、彼女のぬくもりを胸に抱いた。


title:白々


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