ゼノブレ | ナノ


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やわらかな光が大地を照らし、風の白い指がぬくもりを掴む。青々とした木々の隙間を、小鳥たちが飛び回っては美声を響かせた。そして、時は流れていく。カチコチと秒針が時を刻む音と、木の葉のざわめきが重なり合った。あれから、どれだけの時が流れただろうか。――緩やかに流れ落ちる時間を遡れば、悲しみの記憶が世界に横たわっていた事を、嫌でも知ることになる。街に到着したその人物は、それを思い出し、静かに祈りを捧げてから街へと入った。


――此処は、巨神界下層コロニー9。
あの“モナド”を振るった少年シュルクと、その親友ライン、そして英雄と呼ばれたダンバンとその妹でありシュルクとラインの友であるフィオルンの故郷だ。そのコロニー9は、巨神の脹脛の部分にあたる街である。もともとはホムスと、若干のノポンが暮らす街であったが、あの戦いが終わり世界が新しい道を歩み始めた日からは、ほんの僅かに生き残ったハイエンター、機神界の民であるマシーナといった種族もこの地で生活するようになった。種族をこえて手を取り合い、生きていく――。昔とは少し違った色をした世界は、そんなコロニー9に微笑みかけている。

昼食の後片付けを終えたフィオルンは、家を出て公園に向かった。兄であるダンバンは、二日前からラインと一緒にコロニー6へ行っている。そこは共に旅をした女性、カルナの故郷でもある。彼女はとても芯が強く、それでいて女性らしさも兼ね備えている。フィオルンは公園へと続く階段をリズミカルに上がっていきながら、カルナの姿を脳裏に描いた。しばらく会っていない彼女を。いつか、近いうちにまた会いたい。そう願って、世界を見据えた。

フィオルンのお気に入りの場所でもある、見晴らしの丘公園に到着した。いつも腰掛けるベンチに視線を向ければそこに「彼女」はいた。夜空に瞬く光のような銀髪に、上層部の海によく似た青い瞳。肌は白く、唇は薄い紅色で、頬に赤みがさしている。頭部にはハイエンターの証たる白い翼。――彼女の名は、メリア・エンシェント。伝説ともされるハイエンターと、フィオルンたちと同じホムス――ふたつの血をその身に流す少女。かけがえのないフィオルンの親友だ。足音を耳にした彼女は、水面に向けていた瞳をやってきたばかり少女に向ける。その眼差しと表情は野山で可憐に咲く花のようで、とても優しげなもので、フィオルンもつられるように笑顔を作った。彼女と会うのは本当に久しぶりだった。フィオルンはメリアの隣に座る。微風が心地よい。メリアが来るから、とシュルクを誘ったのだが彼も多忙で明日にならなければ会えないという。メリアはしばらくの間、この街に滞在する。そのため、五日後に帰ってくる予定のダンバンとラインとも会える。その日は腕を振るって美味しいものをたくさん作るのだ、とフィオルンは考えていた。

「元気そうでなによりだ。フィオルン」

メリアが言う。今や懐かしいその声。彼女は、あの戦いが引き起こした悲劇を乗り越えて生きている。ハイエンター族を襲った悲劇を。純血のハイエンターは、巨神復活の際に溢れ出たエーテルによってテレシアと呼ばれる生命体に変化してしまったのである。今生きているハイエンターは、彼女と同じホムスとの混血。殆どのハイエンターがテレシアと化し、メリアは絶望に飲まれた。そんなメリアを救ったのは、テレシアとなってしまった最愛の兄、カリアン・エンシェントが残した最後の言葉と、フィオルンたち――大切な大切な仲間たち。そして、監獄島で息絶えた父の台詞――。メリアは穏やかな表情をフィオルンに向けている。悲しんでばかりはいられない。一歩一歩、ゆっくりでもいい。死した者たちの為にも、歩き続けていかなくては。そんな強い思いがそこには存在していた。

「メリアも元気みたいで良かったわ」

フィオルンが言えば、メリアはうむ、と頷く。小鳥が囀る。フィオルンはその歌声の主を探したが、茂った木々の葉に隠れているようで見つからなかった。メリアはフィオルンを見た。その硝子玉のような瞳で。ハイエンターの少女が彼女の身体を気にするのは、彼女に降りかかった悲しい現実とそれを乗り越えた強さを知っているからである。フィオルンは身体の半分以上を機械化され、“フェイス”と呼ばれる機神兵に組み込まれた過去を持っている。今でこそ身体はごく普通のホムスのものであるのだが、やはりメリアは気になるようだった。毎日のように会っているシュルクもまたフィオルンのそれを気にしているのだから、無理もない。

「コロニー6にも寄ってきたの?」

フィオルンは問う。コロニー6は、この世界に残ったもうひとつのコロニーである。ここよりも上、巨神の股間のあたりに位置している。

「ああ。カルナもフィオルンに会いたがっていた。元気そうだったぞ。カルナも、ジュジュも――皆が、な」「そうね。私も会いたいわ。あ、お兄ちゃんとラインがいま、コロニー6に行ってるのよ」

五日後に帰ってくるけどね、とフィオルンは付け加える。メリアはそうなのか、と笑った。シュルク、ライン、ダンバン、カルナ、リキ――そしてフィオルンとメリア。いつか七人が集まって、会話を交わしたり、なにかを食べたり飲んだり、平和になったこの美しい世界を歩き回ったり――そんな風にして同じ時を過ごしたい、フィオルンとメリアはそう思った。なかなかその願いは叶わないかもしれない。それでも願わずにはいられなかった。いつか、そんな日が来たらいい、と。長い時が流れても、私たちは「仲間」なのだから――と。


「ねえ、メリア。良かったら一緒に街を見て回らない?」
「ああ。そうだな」
「久しぶりにメリアが来たんだもん。美味しいもの、たくさん作りたいの。買い物に付き合って?」

フィオルンが笑った。メリアも笑う。もちろん、と顔に書いてある。ふたりはほぼ同時に立ち上がった。あたたかな風が頬を撫でる。小鳥はまだ囀っており、草花には色鮮やかな蝶々が蜜を吸いに来ていた。さらさらとフィオルンの髪が踊る。メリアは言う。随分髪も伸びたな、と。メリアの記憶の中のフィオルンは、短髪であるから新鮮に思ったらしい。

「前みたいに、伸ばそうかなって思ってたの。やっとここまで伸びたのよ」
「そうか。よく似合ってるぞ」
「ふふ、ありがとう。メリア」

話しながら階段を下りる。緑の大地を踏みしめて、ふたりは商業区へ向かった。たくさんの人々が行き交うその場所へ。活気溢れるその場所へ。フィオルンはまず新鮮な野菜を売る店で買い物をした。店主はノポン族である。それから肉や魚を購入し、甘い砂糖菓子を買った。砂糖菓子の袋を開けて、中に入っていたものを手のひらに幾つかのせる。メリアの前にその手をスライドさせると、彼女は嬉しそうに甘いそれを白い指でつまみ上げた。フィオルンももう片方の手で取って、口へと運ぶ。甘さが口いっぱいに広がった。それからフィオルンとメリアは、フィオルンとダンバンの家を目指して歩き始めた。家に到着すると、フィオルンは鍵を取り出して扉を開ける。愛しの我が家。時計を見れば、すでに四時をまわっていた。すぐに料理に取りかかろう、そう思いながら彼女は買ってきた野菜や肉、魚をキッチンへと運ぶ。メリアは家を見回した。掃除が行き届いており、とても綺麗だ。そして懐かしさもまた確かに存在している。壁掛け時計が時を刻み、開けられた窓からは風が吹き込んでくる。座って休んでいて、とフィオルンはメリアに言う。長旅で疲れているでしょう、と。だがメリアは気持ちだけ受け取って、フィオルンのいるキッチンへ入った。手伝わせて欲しい、と。すると彼女は笑った。ならお願いしようかしら――と。


ふたりで作った料理を取り囲んで、口へと運ぶ。様々なことを語り合いながら。緩やかに流れる時間のなかで。フィオルンは、メリアは、いまこうしていられる幸せを噛みしめる。食事とその後片付けを終え、フィオルンとメリアは思い出をゆっくりと再生しながらそれを語った。長い長い戦いの記憶。優しさ、悲しみ、喜び、苦しみ――様々な感情が溶け合って描かれる、記憶。少女たちは日付が変わっても、まだまだ話し合っていた。カーテンの隙間から零れる、エーテルランプの淡いひかり。梟の声が、遠くでする。フィオルンはメリアという友人を、メリアはフィオルンという友人を、大切に思いながら語る。そうして、少女たちのやさしい時間は流れていった。その流れる道は、光溢れる未来へと繋がっているのだろう――きっと。


title:空想アリア


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