ゼノブレ | ナノ


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いつからかはわからないけれど、私はシュルクのことが好きだった。九十年近くを生きてきたが、こんな想いをしたのははじめてだった。それは乙女が夢見るような甘酸っぱいだけのものではなく、とても苦く、そして痛々しいものであった。シュルクは今日も、いつものように笑っている。傍らには彼女の姿がある。彼女もまた私にとって大切な存在であるからこそ、私の心は揺れた。――フィオルン。シュルクとラインの友であり、ダンバンの妹であるホムスの少女。ただ、彼女は普通のホムスではない。機械の身体をしているのだ。嘗ては巨大な白銀の機神兵――通称“フェイス”のユニットとして組み込まれていたのである。シュルクはそんなフィオルンを見、フィオルンはシュルクを見ている。私は、ただそれを眺めている。それは別の世界を見ているようで、例えるのならばひどくリアルな絵を数メートル離れて見ているかのようだった。その間も、パチパチと炎がはぜる。私は静かに瞼を閉じた。

モナドを受け継ぎし者――シュルクとその仲間たちとの出会い。それは、此処――巨神界中層部、マクナ原生林でのことだった。私たちハイエンターが暮らす浮遊都市、皇都アカモートから逃れたテレシアを追い、そのテレシアと死闘を繰り広げ、大切な仲間たちを――アイゼルたち四人を失ったあの日のことだ。緑溢れるそこでひとり倒れていた私を、シュルクたちが助けてくれたのだ。シュルクらは、アイゼルたちの仇である巨大なテレシアを倒す力となってくれた。私ひとりでは到底無理だっただろう。その礼に、巨神界上層部――エルト海に浮かぶ監獄島への案内をすると私は約束し、その約束は果たされ――様々な感情の溢れる海を時にはもがきながらも共に行き――“現在”がある。シュルクが旅立ったきっかけを作った少女――フィオルンが、今は側にいる。フィオルンはシュルクを好いていたし、逆もまたそのようだった。私が抱く“それ”は、かなわない想いなのだと、ずっと前に自分で気付いてしまっていた。私はぶんぶんと首を横に振る。両の手の指先から、爪先まで付着した悲しい想いの欠片を落とすように。それからそっと立ち上がり、シュルクのことをチラリと見て、私は静かに仲間の輪から外れた。シュルクは気付かない。他の仲間たちも。何処からか、梟の低い鳴き声がした。


「あれ?メリアは?」

僕がそう言うと、皆が辺りを見回して「そういえば」という顔をした。ダンバンさんはカルナと何やら話し込んでいたし、リキとラインも武具の手入れをしていたので、気が付かなかったらしい。そういう僕もフィオルンと話していたから、気が付かなかったのだけれど。メリアは強いし、あまり無茶なことはしない。だからあまり心配するようなことはない、のかもしれないが、暗い森に女性がひとり…というものは、心配にならないほうがおかしい。立ち上がりかけたダンバンさんに、「僕が探してきます」と告げた。メリアは、たまにこうやって自分から仲間たちの輪から外れることがある。ひとりになりたい、そう思うのだろう。彼女は僕たちのことを信頼しているし、仲間と認めてもいる。絆もまた確かなものだとわかっているのだと、僕はよく知っている。それでいて、ひとり何か考えに耽ることもある。そこまで僕は知っていた。だから探しにいくということは、そんな時間を壊すものになるのかもしれない。だが、僕は心配だった。どうしても彼女を探さねばならないと思った。
フィオルンも僕についてこようとしたが、彼女は疲れている。機神兵人(マシーナ)の医師、リナーダさんに診てもらったとはいえ、フィオルンはこの身体にまだあまり慣れていないのだ。だから僕はひとりでハイエンターの少女――メリア・エンシェントを探すことにした。小さな声でフィオルンが「気をつけてね」とつぶやいていたことにも気付き、僕はフィオルンに微笑みかけた。

暗い森の中を、僕は早足で進む。梟が鳴いている。虫の声がする。木々の枝と葉の間から、黒い空が僕を覗き込んでいた。夜風は冷たい。僕はきょろきょろと辺りを見回した。メリアはいったいどこへ行ったのだろう。そう思いながら、歩んでいく。気付けばサイハテ村のすぐ近くまで来てしまっていた。煌々とあかりが灯っている。柔らかなその光に包まれるメリアの姿を、僕は見た。彼女は腰をおろして、遠くを見つめていた。その眼差しはあまりにも切なく、そして悲しげなものであったから僕は思わず彼女の名を口にしてしまった。メリア――と。

「シュルク…!?」

メリアが僕に気付いて声を発する。どうしてここに、といった顔をこちらに向けて。口にしないのは「こっちの台詞だよ」と僕に言われるのをおそれているからか、それともまた別の理由があるのかはわからないが、とにかく彼女は僕の名前を呼んで、それから俯いた。僕は静かに近付く。彼女へと。

「メリア――」
「……すまない。シュルク。ここにいると、いろいろ思うことがあってな」

メリアはやっと顔をあげた。悲痛な表情。僕はただ頷いてみせる。メリアと僕たちが出会ったあの日に、彼女は大切な仲間を一気に失った。出会いの日であり、喪失の日でもあったのだ。メリアの青い瞳は僕を映し、それからまた遠くに視線を投げる。暫くの間、僕とメリアは沈黙の中にいた。いい加減戻らないと、皆が心配する。僕だけではなく、メリアもそう思っていただろう。だがなかなか動けずにいた。悲しみの淵にいる少女の白い手をひいて、森の中を行くことが出来ずに。沈黙を引き裂いたのはメリアの方だった。「聞いてくれるか」と口にして、僕が「うん」と頷けば、彼女は言葉を紡ぎはじめた。それはまるで、独り言のようだった。


私はアイゼルたちとのことをシュルクに話した。アイゼルたちは私の支えであり、仲間と呼べるとても大切な存在であったことを――。そんな彼らを失ったあの日、私はシュルク、ライン、カルナ、ダンバン――少し間をあけてリキを含む、五人と出会った。様々な悲しみを乗り越えて、彼らと私は確かな絆で結ばれた。シュルクやダンバンからすれば“再会”であるが、フィオルンという少女と出会ったのはずっと後のことであった。私はいつしかシュルクに淡い想いを抱いたが、フィオルンと出会ってすぐにそれが叶わぬものであると悟った。諦めたくはなかった。けれど、私はその想いを胸の中にしまい込んで鍵をかけることになる。シュルクとフィオルンの手は固く握られていた。シュルクはフィオルンを見、フィオルンはシュルクを見ている。絡まる目線。そんな彼らを傷付けてまで想いを突き通すこと、私には出来なかった。シュルクとの曖昧な関係を壊したくなかった。フィオルンとの確かな友情を引き裂くことなんて出来なかった。辛いけれど、苦しいけれど、私はこれ以上進めない。初恋とは叶わぬもの。私はそのことに気付いてしまったのだった。シュルクとフィオルン。ふたりの間にある、それが繋がって花開くことを少し離れた所から見ていたい。その花には棘があるかもしれない。けれど私はそれでもよかった。この蕾がいつか開くのなら。ふたりが倖せに笑っていてくれるのならば。そんなふたりを、優しく見守れる私が未来にいるのなら。


シュルクとメリアは程なくして私たちの所へ戻ってきた。おかえりなさい、と私が言うとふたりは頷く。メリアが「ひとりで離れてすまなかった」と口にしたので、私は首を横に振り、「誰だってひとりになりたいこともあるわよね」と言った。すると彼女は微笑する。その瞳は青い宝石のようにきらきらと輝いている。シュルクとメリアは、私を挟むように座った。シュルクもメリアも、赤く赤く燃える火を見ている。私は何も訊ねなかった。ふたりがこの場から離れていた間、いったいどんな話をし、どんな顔をしていたのか。どんな思いを抱いていたのか。気にはなった。けれども、わざわざ土足で踏み込むなんて出来ない。冷たい風が吹き抜け、私の髪を弄ぶ。私とシュルク、私とメリアの間で絡み合う愛情と友情――そして、そのふたつに似て非なるもの。それらを私は胸の中にしまい込む。今はそれに触れる時ではないのだと。いつの間にか梟は鳴きやんでいて、お兄ちゃんも話を終えていて、私たちを包むものは静寂という名のものに変化していた。明日と呼ばれるものが歩み寄ってきている。足音がきこえる。私は友に微笑みかけ、友もまた私に笑んでくれた。その優しさに私は触れ、あたたかなそれを感じ取ると瞳を閉じて、彼女の横顔を瞼の裏に描いた。


title:泡沫

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