ゼノブレ | ナノ


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昨日の深夜から朝にかけて、強い雨が降った。ここはガウル平原。シュルクたち七人は、コロニーの住人にモンスター退治を頼まれてここへと来ていた。しばらく、脱出艇キャンプで寝泊まりすることになる。キャンプで迎えた三日目の朝。朝食後の片付けが終わった頃。降り続いていた雨がやっとあがった。メリア・エンシェントは、静かに仲間の輪からはずれて、そこからそっと離れた。青々とした大地を踏みしめる。冷たい露が少女の足を濡らした。曇天で、辺りは暗かった。

あてもなく歩いていたメリアは、出来たばかりの水溜まりに蜻蛉が産卵しているのを見つけた。ほんの僅かな時間しか、存在出来ないであろう水溜まりに。メリアの胸にぐさりと何かが突き刺さる。それは干からびてしまう未来を、予測出来たからに違いない。モナドなど無くてもその未来を見ることが出来た。ハイエンターの少女は水溜まりを見る。鈍い色をした空をうつす水面には、何処からか飛んできた木の葉や抜け落ちた鳥の羽根が浮かんでいる。蜻蛉は飛び去っていた。やるべきことを成し遂げて。メリアは暫くの間、水溜まりに視線を落としていた。数日後にはかわいた大地に戻るであろうそれを。新たな魂が生まれたいと強く願っているその揺りかごを。メリアは複雑な気持ちになった。そしてそれは、ガウル平原を見下ろす曇り空によく似ていた。そんな少女に、声が降りかかる。毎日毎日、聞いている優しい声だ。

「――メリア?」

メリア・エンシェントはその声の主の方へと視線を動かす。シュルクだ、神与の剣モナドを手に戦っている少年だ。メリアの鼓動が早まる。彼が追って来るなんて、予想外だったから。メリアは彼の名を呼んだ。呟いた、と言った方が近いかもしれない。シュルクは「どうしたの?」と問いかける。メリアは答えを探した。答えなんて、近くに転がっているはずなのに言葉は喉に突っかかってしまう。そんなハイエンターの少女を見、ホムスの少年は首を捻る。それから「もしかして訊いちゃ駄目な事だった?」と言った。メリアは首を横に振る。ただ――自然界の現実を見て、複雑な気持ちが芽生えただけなのだ、と口にはしなかったが。そんなふたりの間を蜻蛉が飛ぶ。先ほど失われる池に産卵した個体かはわからなかったが、メリアには同じ種のように見えた。

「そういえば」

シュルクが飛び去る蜻蛉を目で追いかけ、それから口を開いた。今度はメリアが首を捻る番だった。

「前にガウル平原に来たとき――多分、そんな前じゃないけど――蜻蛉が水溜まりに産卵しているのを見て、ちょっと複雑な気持ちになったことがあって…」

シュルクは言う。

「次に来た時には水溜まりも干上がってて。自然って残酷だなって、そう思ったんだ」
「そうか――」

メリアは俯いた。シュルクもそうしていた。ざあっと風が吹き抜けていく。淀んだそれを吹き飛ばすように。

「とても美しいが、それ以上に残酷だな…自然というものは」
「…だからこそ、美しいのかもしれないね」
「――そうだな」

メリアとシュルクは、そんな会話を交わした。自分たちをも取り囲む“自然”。神の骸の上に広がるふたつの“世界”。自分たちはその箱の中、生きている。戦っている。息をし、武器を振るい、時に笑い、時に泣き、様々なものに取り囲まれながら――。
そろそろ皆の所へ戻ろう、そう言ったのはシュルクだったか、メリアだったか。ふたりは肩を並べて歩き出す。湿った空気を吸い込みながら。草についた水の粒が足を濡らす。メリアは一度だけ立ち止まり、振り返った。シュルクは歩みを止めない。その水溜まりは当たり前のようにそこに存在していた。あの卵が孵化することはないだろう、という残酷な現実が水に浸かっていた。メリアの胸がまた痛む。その痛みを抱きしめながら、少女は前を向いてシュルクの背を追いかけた。


title:空想アリア


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