xenoblade
ふたつのコロニーを繋ぐガウル平原の夜。広大な草の海を、闇が覆い尽くしている。シュルクたちはコロニーの住人から依頼を受けて、ここガウル平原を訪れた。依頼は強大な力を持ったモンスター退治や、アイテム収集など様々で、彼らはしばらくの間ガウル平原に滞在する。滞在中は、カルナが弟のジュジュやコロニーの住人としばらくの間共に避難していた脱出艇キャンプで身体を休めることになっていた。今日はモンスターを三体倒した。どのモンスターも手ごわかった。七人は、脱出艇キャンプで簡単な夕食をとった。それらはカルナとフィオルンが作ったものである。火を熾したのはメリアで、薪を集めたのはラインとリキだった。シュルクはその間、ダンバンとこれからのことなどを語り合っていた。ふたりが作った夕食で胃袋を満たした一行に、自由な時間が訪れる。メリアは静かにキャンプを出た。そんな彼女を見て、フィオルンが追いかける。
暗闇の中、メリアは黒い空を見上げていた。少女はとても悲しそうな表情をしていた。その悲しみはまるで湖のように深く、暗い。メリアは大切なものを失った。純血のハイエンターを襲った、テレシア化という運命。あまりにも残酷な現実。マクナではアイゼルたちを失い、監獄島で最愛の父を亡くし――そして愛する兄や故郷アカモートの住人がテレシアと化した。それは、ハイエンターの悲しいさだめ。ホムスの血をひくものは、その運命を背負ってはいない。だが深い深い悲しみは、確かにそこに存在している。大切な人たちがテレシアに化してしまったのだから――。メリア・エンシェントは空を見上げ続けている。その蒼い瞳は夜空を映してはいない。戻れない過去と、残酷な現実と、未来への不安。想いを胸に戦ってきた彼女は、悲しみに溺れつつあった。
「メリア――」
少女のすぐ後ろで、フィオルンが名を呼んだ。ハイエンターの少女ははっとして身体をくるりと回転させ、フィオルンを見た。フィオルンもまた、悲しみを抱えていた。機械化されたため、普通のホムスではないという事実。その身体に降る時間は、ホムスのものとは違うものなのかもしれない、という不安。あまり口には出さないが、その現実もまたあまりにも残酷なものだった。芽生えた不安は根をはり、抜けることはない。フィオルンはシュルクと共に戦うのだと決め、ここまでついてきたが、彼女がとても無理をしている。と、いうことにメリアは気付いていた。
「フィオルン…」
「夜にひとりじゃ、危ないよ。モンスターだっているんだから」
フィオルンがそう言うと、メリアは「すまない」、と口にした。それを聞いたフィオルンは微笑する。遠くでウルフの遠吠えがした。メリアはこくりと頷くと、フィオルンに手を差し伸べる。一緒に戻ろう、そう顔に書いてある。
「戻ろっか」
「…ああ」
フィオルンは手をとった。メリアの指はとても細い。繋がれた手と手に、熱が宿る。ふたりは歩き出した。仲間たちが待つ場所まで。そこが彼女たちの居場所であり、帰るべきあたたかな巣なのだから。
フィオルンとメリアを出迎えたのはカルナだった。長い黒髪をひとつに纏めて結っており、ふたりの心の中に小さな違和感が浮かぶ。それに感づいたのかカルナはふふ、と笑う。
「おかえり。メリア、フィオルン」
心配したわ、そう言うカルナにメリアとフィオルンは頭を下げる。カルナはからからと笑う。こうやってふたりが無事戻ってきたことを、心の底から喜んでいるのだ。メリアとフィオルンは手を繋いでいた。カルナがおや?という顔をすると、少女たちは頬を赤らめて手を解く。そして見つめ合い、少しだけ笑った。悲しみも、不安も、その胸に横たわっているけれど、今はこうやって大切な仲間といられる。独りじゃない。それだけでたくさんのものを失った彼女たちは、立ち上がって歩くことが出来る。膝は砂で汚れているかもしれない。太ももには傷があるかもしれない。それでも、彼女たちには確かな「希望」があった。
「メリア、フィオルン。シュルクが呼んでいたわ」
カルナはふたりにそう告げると、奥へと行ってしまった。彼女はラインやリキ、ダンバンとなにか話していたのかも知れない。ざあっと風が吹き抜ける。その冷たさに、メリアは少し驚いた。フィオルンはそんなメリアを見、そして薄紅色の唇を開く。
「行こっか。シュルクが待ってるみたいだし」
「――ああ」
やさしい闇は、光が世界を包むその時まで彼女たちを見下ろしていた。
title:泡沫