ゼノブレ | ナノ


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夜。太古の闘いで、巨神によって切り落とされた機神の左腕が長い年月を経て自然と入り混じった地――落ちた腕は闇に包まれていた。夜風の音、波の音ぐらいしかしない。その闇の中に、ふたりの少女の姿があった。フィオルンとメリアだ。フィオルンは機械化された冷たい身体をした少女。身体の七割が機械に改造されたというのに、それでも彼女の眼差しは優しい。メリアはハイエンターとホムスの混血児である。そのため、ハイエンターの証ともいえる頭部の翼が小さい。ふたりは白い砂の上に腰を下ろし、黒い海と空を見ている。フィオルンの翠玉のような瞳と、メリアの蒼玉に似た瞳は漆黒を映す。沈黙がふたりを包み込んだ。
ふたりが落ちた腕にいるのは、ここに隠れ住む機神界人(マシーナ)から受けた依頼をこなすため。シュルク、ライン、ダンバン、カルナ、そしてリキはマシーナの隠れ里にいる。まだ眠るのには早い時間であるから、彼らも好きなことをやっているに違いない。たとえば、武具の手入れとか、アイテムの整理とか、なんてことない会話とか。フィオルンがシュルクと再会を果たした思い出の場所へ行こう――そう誘ったのはフィオルンだった。フィオルンはメリアと仲良くなりたいと思っていたし、メリアもまたそうだった。フィオルンはシュルクとの思い出を彼女に話したいと思った。メリアもそれを聞きたいと思っていた。そんなわけでふたりは此処にいる。夜のひんやりとした風の中で、メリアはフィオルンにこれまでの話をした。フィオルンが白い顔つきとして、自分が自分でなかったその頃の話を。たくさんの哀しみと苦しみ。それでもその中には喜びも確かに存在していた。希望と呼ばれるメリアだからこそ、フィオルンにそれを語れたのかもしれない。フィオルンは時折メリアのことを見ながら、その間に遥かな空や果てない海を見て彼女の話を聞く。

「いろんなことがあったんだね」
「ああ……そうだな」

フィオルンはメリアを見つめる。ハイエンターの特徴でもある銀色の髪が風で揺れている。フィオルンの金髪もまた、そうだった。

「これから、だからな」

メリアが言う。いつもよりも声が低く感じられた。そうなのだ。メリアの言うとおり、彼女たちの戦いはまだまだこれからだった。機神界盟主を自称するマシーナ、エギル。エギルは帝都アグニラータにいるのだ。モナドを受け継ぎし少年、シュルクたち七人は、きっと彼と戦うことになる。それは巨神界の未来のため。この世界に生きる者たちのため。絶対に負けられない戦い。

「私も頑張るね。みんなの力になりたいんだ」

フィオルンは静かに言った。彼女の透明な声が黒に響き渡る。ざあざあと、波の音がする。まるでそれに答えるかのように。メリアはそっとフィオルンを見つめた。絡まりあう、視線。

「フィオルン…」

お前はお前が思っている以上に私たちの力になってくれているぞ――メリアは視線を絡めたまま言った。それを聞いたフィオルンは目を丸くし、それから笑った。なら、これからも皆の力になれるようにならなくちゃね、と。ふふ、と可愛らしい笑い声を漏らしながら。その表情はどこまでも穏やかで、優しげで。メリアの心臓がとくんと鳴った。風は吹き続けている。それに弄ばれる銀と金の糸。

「私も見習わなくてはならないな、そなたを」

メリアは言う。彼女もまた微笑んでいる。フィオルンは何も言わなかったが、笑みは消えぬままだった。優しい時間が流れていく。そろそろ、戻らなくては。そう口にしたのはどっちだっただろうか。夜も更けてきた。シュルクたちのもとに行かなくては。心配させてはいけない。ふたりはほぼ同時に立ち上がった。服や鎧についた白い砂を払い落す。フィオルンとメリアはどちらからか、手を繋いだ。相手の確かなぬくもりが伝わってきて、胸があたたかなもので満ちていく。さくさく、という足音。ぴゅうぴゅうという風の音。ふたりを見ているものは、大空と大海原だけ。厄介になっている隠れ里では、大切な人たちが、ふたりを待っているはずだった。落ちた腕。時は流れゆく。登場人物が退場した後も。


title:空想アリア

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