ゼノブレ | ナノ


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目の前に果てない青が広がっていた。私はそれを見つめている。透き通った水、どこまでも真っ直ぐな空、心地よい風。私を取り囲む世界は何よりも美しかった。

ここは機神界――「落ちた腕」と呼ばれる場所。私たちはマシーナたちの暮らす村で厄介になっている。「帝都アグニラータ」に向かうための準備を、この地でしているのだ。マシーナというのは、機神界に住む人間のことである。数少ない彼らは隠れ里でひっそりと暮らしている。私たちが倒すべき相手であり、帝都アグニラータにいるであろうエギルも、マシーナのひとりであった。シュルクとラインの幼なじみで、ダンバンの実妹であるフィオルンという心強い仲間を得たが、これから向かうのはここの遥か上。上り始めたら、まず戻ることは出来ないだろう。だから、その地に巣くっているであろう機神兵を問題なく倒せる程度の力をつける必要があったのだ。そのために私たちはマシーナの隠れ里の家をひとつ借りて、付近のモンスターを倒す日々を送っている。時折マシーナからの依頼なんかをこなしたりして。里で昼食を済ませ、二時間ほどの自由時間が与えられた私は、海岸へ来て広がる世界を見つめている、というわけだ。故郷からの景色も素晴らしいものであったけれど、こ
この景色もまた良かった。機神界であることを忘れてしまうほどに。私はその景色に見入っていた。だから、彼の接近にも気付かないでいた。彼が口を開くまで。

「こんな所にいたんだね、メリア」

優しい口調。毎日毎日聞いている声。私は驚きを隠しながら彼の方に視線をやる。ホムスの少年で、神与の剣モナドを使いこなす者――シュルクがそこにはいた。利き腕にはやはりモナドがあった。隠れ里を一歩出ればモンスターがうろついているから、当たり前のことではあるが。もちろん、私の手にも杖が握られている。彼の澄んだ瞳は海と空の境界線の色によく似ていた。その目に見つめられると、鼓動が何故か早くなる。自分自身に落ち着けと命じながら、私は口を開く。

「よくここに私がいるとわかったな」

声は僅かに震えていたかもしれない。だがシュルクはただ笑った。野に咲く花のような笑顔。命じたそれが風によって吹き飛ばされてしまう。

「なんとなくだよ」
「そうか…」
「メリアは何をしていたの?」

シュルクが無邪気にたずねてきた。陰りなど一切無い瞳でこちらを見ながら。私はもう一度同じことを自分に命ずる。そしてやっと口を開く。ただ、目の前に見えるものを見つめていただけなのだと。シュルクはそんなことが聞きたいのではないだろう、とわかっていたけれど、言葉になったのはそれだけだった。素直に答えた結果がこれなのだ。さあっと風が吹いた。遠くの低木が枝を揺らす。

「そっか」

シュルクはそれだけ言うと、一歩歩んで私のすぐ隣に立った。踏みしめた砂が鳴る。私は空を仰いだ。蝶々が飛んでいくのが見えた。あの蝶々は、きっと甘い花の蜜を求めて舞っているのだろう。シュルクは私と同じようにして、蝶々を目で追い、追えなくなると私を見た。だが何かを口にすることはなかった。私はそれだけで良かった。側に誰かがいてくれる、たったそれだけのことで冷たい孤独が薄れていくのだから。

そろそろ時間だな、と口にしたのは私の方だった。あれからシュルクも私も何も言わなかった、すなわち会話が交わされなかった訳だが、私の心は満たされていた。彼の心もまたそうであるかはわからないけれど。シュルクが先に歩み出し、私はそれに続く。

私は一度振り返り、視界を青で染めた。それから私は本人たちでさえ気付いていない、彼らの胸に芽生えたものを直視することが出来た。もう、私の胸は痛まない。いま、彼と過ごしたほんの僅かな穏やかな時間が胸を包んでいてくれるから。


title:確かに恋だった


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