xenoblade
「本当に――いろいろあったもんね」
優しい光が、柔らかく降り注ぐ昼下がり。巨神界下層――巨神の脹脛にあたる街、コロニー9の商業区を少年と少女が歩いている。たくさんの人々の話し声が溢れる中を。少女は金髪で、その髪は肩よりすこし短い。澄み切った瞳は、新緑を思わせる色をしている。少年のほうも金髪で、髪は僅かながらも波打っており硝子玉のような瞳は海にも空にも似た青だ。少女の名はフィオルン。そして少年の名はシュルク。シュルクとフィオルンは一緒に昼食をとったあと、仲良く買い物にきているのだ。フィオルンの実兄でありホムスの英雄として知られるダンバンは多忙で、もうひとつのホムスのコロニーであるコロニー6に行っており、ひとりでは心細いからと少女は少年を呼んだのだ。因みにもうひとりの幼なじみラインは防衛隊の訓練があるのだと数日前に言っていたので、誘っていない。昼食は見晴らしの丘公園でサンドイッチを食べた。それはもちろん、フィオルンのお手製である。シュルクはいつものように「すごく美味しい」を連呼しながら食べたのだった。フィオルンがそんな彼を見てくすくすと笑うのもまた、いつもと同じだった。
ふたりの遥か上を、鳥が飛んでいく。茶色い鳥だ。長い距離を飛ぶ、渡り鳥だろうか。翼も随分と長く見えた。シュルクはそれを目で追ってから、少女のことを見る。少女はエーテルランプを売る店の店員と会話していた。かなり盛り上がっている。店内のエーテルランプは昼間だというのに煌々と光っており、神秘的な雰囲気を醸し出していた。シュルクがフィオルンに声をかけるかかけまいか考えている間に、金髪の少女は小さなエーテルランプを購入した。夜、寝室に置いているエーテルランプを前から買い換えたかったのだと彼女は口にして料金を支払う。気さくな店員に別れを告げ、ふたりはまた歩き出した。帰りに野菜を買おう、そうフィオルンは言う。夕食時、兄が不在で心細いので彼女はシュルクとラインを呼ぶことにしていた。もちろん、お手製の美味しいものをたくさん用意して。ラインもシュルクも、フィオルンの料理が好きだった。彼らや兄ダンバンだけでなく、旅をしていた時に味を覚えたリキ、カルナ、メリア・エンシェントもそうである。シュルクは三人のことを思い出した。心にすうっと風が吹き抜け、懐かしさがこみ上げてきた。フィオルンとシュルクは一通り店を見ると、今度は居住区に向かう。広場で一休みしよう、そう言ったのはシュルクだ。彼はあの旅でも愛用していた水筒をちらりとフィオルンに見せる。再会したあの日、汲んだばかりの水を注いだそれを。フィオルンが微笑する。すべてを理解している、優しい眼差し。シュルクは水筒をしまうと、空になった右手をフィオルンへと伸ばした。フィオルンはえ、と言葉をもらすもすぐにまた笑顔になりそれを取る。フィオルンからすると、シュルクの手はかたく、そして大きかった。神剣、モナドを振るったその手は、腕は、少女が思っている以上に逞しい。
広場には誰もいなかった。代わりに、植えられた樹木がめいっぱい伸ばす枝に黄色い鳥が二羽止まり、羽を休めている姿が見られた。そんな木々は葉を揺らし、静かな歌を唄う。フィオルンが先にベンチへ腰をおろした。シュルクもそれに続く。そんなふたりを見下ろしている緑は、酷くやさしい。シュルクが例の水筒を取り出した。蓋であるコップに、冷たいものを注ぎフィオルンへと渡す。金髪の少女は礼を言ってからそれを飲んだ。冷たい液体はフィオルンの渇いた喉を潤して流れゆく。少女がコップを返すと、今度は自分の分を汲んで少年は飲み干した。蓋をして、しまう。それからふたりは空と、街の境界線に視線をぶつける。
「本当に――いろいろあったもんね」
フィオルンがぽつりと呟くように言った。シュルクはそれを聞いて、頷く。
「うん…本当に」
「今私がこうしていられるのも、シュルクたちのおかげ」
フィオルンが伸びをした。それから花のように笑んでみせる。とくん、とシュルクの心臓が高鳴った。フィオルンはコロニー9で機神兵の冷たい爪に貫かれた。そのとき、尊い命を落としたと思われ、シュルクとラインは復讐の旅に出た。だが、フィオルンは生きていた。機械の身体に改造され、白いフェイス――フェイス・ネメシスのユニットとして組み込まれたのだ。様々な悲しみと苦しみを乗り越え、フィオルンはホムスの身体を得た。ずっとシュルクの隣に居たい、という夢も自らの手で叶えた。最後の最後まで、シュルクと共に戦って。
「――ありがとう、シュルク」
フィオルンが礼の言葉を口にすると、シュルクは頬を赤らめた。
「僕が戦い抜けたのも、フィオルンがいたからだよ」
「うん」
「これからもずっと一緒だよ、フィオルン」
シュルクが真剣な目をして言う。今度はフィオルンの心臓が高く鳴る。いつまでも、大切な人と共にありたい。ふたりは同じ願いを胸に、青空を仰いだ。
title:不在証明