xenoblade
全てが終わって二年が経とうとしていた。ここ、コロニー9にはいつもと変わらぬ優しい風が吹き抜ける。あの戦いが終わり、街は景色を変えた。ホムスやノポンだけでなく、ハイエンターやマシーナといった種族がよく見かけられるようになったのだ。古種族であるハイエンターは頭部に翼を持つ種で、ホムスよりかなり長い時を生きる。マシーナ――機神界人はその名の通り機神界で生きる人間である。そんな異種族の姿も街に馴染み、コロニー9は平和を取り戻した。もうひとつのコロニーであるコロニー6も、かなり復興が進み活気を取り戻していた。
柔らかい風が少年のすこし癖がある金髪を弄んだ。ここは軍事区。彼はゆっくりと歩み始めた。今日は特別な日だ。少年の胸が高鳴る。少年――シュルクは今日、かつての仲間たちと再会するのだ。幼なじみの少女、フィオルンとその兄ダンバンの家で、久しぶりに。戦いが終わってから時々七人は集まってはいた。だがこの節目の日、改めて顔を合わせたい。そう願ったのだ。かつて神与の剣モナドを振るった少年、シュルクは。足取りは軽い。行き交う住民はシュルクを見ると会釈する。シュルクもそれに答えながら歩む。彼の真上を白い鳥が飛んでいった。自由の象徴とも言える翼を強く、強く羽ばたかせて。羽音と鳴き声がシュルクに降りかかった。シュルクはちらりとそれが引き裂いた空を見たが、すぐに視線を動かす。目の前にはたくさんの店。活気溢れている。ノポンが新鮮な野菜を売り、ホムスやハイエンターがそれを購入している。マシーナとホムスが語らいながら歩いている。ごく「普通」の光景だが、シュルクにはそれがとても輝いて見えた。
金髪の少女フィオルンは、完成したばかりの料理をキッチンから皆の集まる部屋へと運んだ。コロニー6の衛生兵の女性、カルナもそれを手伝う。部屋には少女の幼なじみであるラインと、フィオルンの兄ダンバンの姿があった。シュルクはそろそろ来るだろう。ハイエンター族のメリア・エンシェントと、ノポン族のリキの姿はまだない。ふたりは遠い場所から来るのだ、仕方ない、そう思いながらフィオルンは運ぶ。ノポンの育てた野菜を使った色鮮やかなサラダに、ラインが釣ってきた魚の蒸し焼き。濃厚そうなポタージュスープ、かりかりに焼けたパンとスパイシーな匂いを放つ肉料理。どれもフィオルンが作ったものだ。テーブルにすべてが置かれると同時に、木製の扉がノックされた。ラインがさっと立ち上がり、扉を開く。そこには毎日のように見る人物の優しげな顔と、懐かしい顔があった。
「シュルク!メリアにリキ!待ってたぜ」
「そこで二人と偶然会ったんだ、ライン。遅くなってごめん」
シュルクが小さく笑い、家へと入る。それにハイエンターの少女と、ノポン族の勇者が続く。少女が扉を閉めている間に、勇者はぴょこぴょこと歩いて椅子へ飛び乗った。勇者――リキは、丸い瞳を輝かせ、フィオルンの手料理を見ている。ハイエンターの少女――メリアはリキとシュルクの席の間の椅子へと腰掛ける。ちなみにシュルクのもう片方の隣はフィオルンの席だ。フィオルンがエプロンを脱いで、皆の集まるところへと来、その席に座る。窓は少しだけ開けられており、そこから暖かな風が顔を覗かせていた。
「メリア!リキ!久しぶりね」
「ああ、フィオルン。元気そうでなによりだ」
「リキ、フィオルンに会えて嬉しいも!」
「おいおい、俺らのことは無視か?おっさんはよ」
笑いながらラインがそう言うので、皆もどっと笑った。二年という時が流れても、このふたりの関係は相変わらずのようだった。ホムスの英雄と謳われた男、ダンバンも静かに微笑んでいる。リキとメリアはマクナ原生林で落ち合ってここコロニー9まで一緒に来たのだ、とメリアが語った。その間、リキはラインと言い合っている。カルナはそんなふたりへ呆れたような笑みを浮かべ、料理が冷めてしまう前に食べましょう、と言った。シュルクがそれに同意し、皆ナイフやフォーク、スプーンに手を伸ばす。食べながら七人は語る。様々な思い出を。大切な記憶を。それには棘があり、時に傷付けられてしまう。だがそれらも含めて「思い出」だった。フィオルンという大切な命が奪われたかと思ったあの日。肉親との別れ。そして、裏切り。無意識に棘の部分を通り過ぎたりしながらもシュルク、ライン、ダンバン、フィオルン、カルナ、メリア、リキは語った。その話の先には「未来」がある。美しい色をしたものが。優しい光に満ち溢れたものが。
フィオルンの手料理は美味しかった。それらはすべて仲間たちの胃袋におさめられた。女性三人が皿洗いなどの片付けをしている間、男性四人は話の続きを様々な表情を作りながら語っていた。そんなシュルクたちをフィオルン、メリア、カルナは目を細めながら見る。水音の中で、きらきらと弾ける思い出たち。いつまでも語り合っていたい――大切な仲間たちと共にずっと笑いあっていたい――誰もがそう願った。窓の向こう側で、ホムスの子どもたちのはしゃぎ声がする。その音の洪水によって、彼らは現実へと帰ってくる。戦いが終わり、二年。たくさんの命の灯火が消えた、辛い戦いだった。人々は機神兵に蹂躙され、希望を失いつつあった、あの日々から――。
時間というものは案外早く流れていくものだ。カルナはジュジュやオダマを放ってはおけないので帰るという。リキはコロニー9のノポン族たちと話すことがあるのだと言った。ダンバンはちょうどコロニー6に用事があるので、カルナと共に発つこととなった。カルナは強い女性ではある。だが夕方にひとり帰らせることは、ダンバンには出来ないらしかった。ちなみにカルナは攻撃より回復を得意とする。そしてラインも、防衛隊の集まりがあると言って駆け出していった。シュルクたちはカルナとダンバンを見送り、リキが街中に溶けていくのを見てからまたダンバン邸に入った。テーブルは綺麗な布巾で拭かれており、中央には硝子の花瓶がありそれには赤い花が生けられていた。メリア・エンシェントはそれを見る。そんなメリアをフィオルンが見つめ、僅かに笑う。この花はコロニー9の子どもにもらったものなのだ、と明らかにすればメリアも笑った。フィオルンはそんな表情をするメリアというひとりの少女を、心の中で花に喩えた。
散歩にでも行こうか――そう口にしたのはシュルクだった。シュルクは時々こうやってフィオルンを誘う。今日はメリアもいる。ふたりの少女は嬉しそうに頷く。フィオルンの黄金色の髪とメリアの銀髪が揺れ動く。ふたりの瞳は澄み切っている。三人はダンバン邸を出た。フィオルンが施錠し、駆け出す。目指す場所。それは口にせずとも三人は理解しあえた。――見晴らしの丘公園。美しい景色が広がる、お気に入りの場所。
さあっと吹き抜ける風は適度に暖かかった。シュルク、フィオルン、メリアはベンチに腰掛ける。空は高く、そして青い。彼らの世界はこんなにも美しい。シュルクも、フィオルンも、メリアも――それぞれ澄んだ瞳で、未来を見つめる。穏やかな世界。優しい世界。愛すべき世界。彼らの手に武器はなく、この街で機神兵をみかけることもない。一日一日を大切に生きていく――それが、今この巨神界と機神界に生きるもののつとめなのだと彼らは悟った。三人の遥か上の青を引き裂くかのように鳥が翔る。香りに呼び寄せられた蝶が草花に寄り添う。歪なハート型の湖で魚が跳ねた。きらきらと輝く水面は、彼らの手に掴まれた「未来」を静かに見つめ続けていた。
title:空想アリア