ゼノブレ | ナノ


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巨神の脹脛にあたるホムスの街、コロニー9には今日もまたいつもと変わらない風が吹き抜けていた。歪なハート型の湖に囲まれたこの街は、大きく分けて居住区、商業区、軍事区、そして中央区の四つに分けることが出来る。その中の居住区にある「憩いの広場」に、とある少女の姿があった。まだ幼さが残る顔だが、ふたつの青い瞳は意志の強さを感じさせる光を放っており、長く伸びた銀の髪は肩より少し下のあたりで綺麗な円を描いている。そして、頭部には白い翼。彼女はホムスではなく、ハイエンター族だった。ハイエンターとは巨神上層部に暮らす巨神界最古の種族で、寿命はホムスの五倍にもなる。それ故に外見が十六歳程度に見えるこの少女も、かなり長い時を生きてきたのだろう、と推測出来る。そしてハイエンターという種族は触媒を使わずにエーテルエネルギーを使うことが出来る。この少女――メリア・エンシェントもまたそうだった。メリアはモナドを受け継いだ少年、シュルクの仲間である。エーテルによる攻撃と補助でシュルクらの力になってきた。コロニー9住民の依頼を受け、そしてそれこなすために少女は仲間たちとともに此処へやってきた。依頼人との交渉を終え、自由時間を与えられたメリアは花に誘われる蝶のように憩いの広場まで来てしまったというわけだ、彼女の側に仲間たちの姿は見受けられない。風にあたり、ひらひら揺れるメリアの翼は小さかった。そう、メリアは混血児だった。ホムスとの混血のハイエンターは基本的に頭部の翼が短くなる。それは遺伝の関係であり、必ずしもそうなる訳ではないがメリアに関してはそうであった。メリアはベンチに腰掛け、住民が愛を込めて育てている花壇の花などを見た。綺麗だな、と素直に思うが、故郷を思い出して懐かしさに駆られるのもまた事実であった。メリアの故郷、皇都アカモートは、遠い。

風が頬や髪を撫でて、それからさあっと吹き抜けていく。かなりの時間が流れたというのにメリアは憩いの広場から離れてはいなかった。広場を通り抜けていくホムスの中には、翼の小さなハイエンターの姿を見て、おや?と首を捻る者、そこにいる少女が異種族であるとわからないまま通り過ぎる者、物珍しさに声をかけてくる子供など、様々だった。時間は流れた。いい加減シュルクたちと合流すべきだろう、メリアはそう思い立ち上がった。風に運ばれてきた砂埃を払い、ハイエンターの少女は歩き始めた。かつん、こつん、と足音をたてながら。やはり吹き抜ける風は穏やかだった。遠くの方で子供たちがはしゃぐ声がする。メリアはコロニー9が気に入っていた。シュルク、ライン、フィオルン、そしてダンバンの故郷だから、という理由だけではない。互いに助け合い、信じ合いながら生きるホムスたちに感動を覚えていたから、だ。コロニー9は優しい街だった。それは、異種族であるメリアにとっても。

歩き始めて五分ほど経過した頃のことだった。見覚えのある顔が近付いてきたのだ。正確に言えば、メリアも動いているのだから互いに歩み、近寄ってきている訳だ。

「フィオルン…」

短い金髪が風と戯れている。白い鎧が光に照らされ輝いており、メリアは思わず目を細めた。金髪の少女はメリアを見て笑んだ。それこそ、花のように。機械化されたホムスの少女――フィオルンは、ハイエンターとホムスの混血の少女メリアの大切な仲間であり、かけがえのない友人であった。

「メリア…公園か広場にいると思って。広場にいたんだね、先にこっちに来て良かったわ」
「丘の上の公園か…彼処も好きだが」

今日は此方に来たのだ、とメリアは微笑みながらフィオルンに答える。フィオルンは身体を移動させ、メリアのすぐ隣に立つ。戯れる髪は柔らかな光を放っていた。ふたりは「一緒に行きましょう」や「共に行こう」などといった言葉を交わさずに歩きはじめる。心が繋がっている、とでも言えばいいのか。メリアはそこまで考えて、少し照れくさくなり首を横に振った。フィオルンは疑問符を浮かべたが、それはふわふわと虚空を漂って消えていく。待ち合わせの場所はフィオルンとその兄ダンバンの家だ。メリアは何回もダンバン邸に行ったことがある。あたたかな空気で満ちた、優しい家であると記憶していた。街中を歩くメリアとフィオルンには、何回も何回も言葉が降りかかってくる。それを丁寧に拾い上げながら言葉を返すのにも慣れてきたふたりは笑顔だった。険しく、苦しい旅路も、仲間がいれば苦しみも吹き飛ぶ――少しくさい表現だが、それがしっくりと来る。ふたりの考えは同じだった。そんなふたりの関係は何時しか親友と呼べるまでになっていた。

ダンバン邸に着いたフィオルンとメリアは、お互いの顔を見てから頷いた。そしてフィオルンが重たい扉を叩き、開ける。賑やかな声が漏れている。ふたりが家に入ると、そんな音たちが彼女たちを包む。シュルク、ライン、ダンバンが椅子に座っている。リキはやってきたふたりに笑顔で歩み寄り、カルナはキッチンでティーポットに湯を注いでいた。既にいた五人分の紅茶はもう淹れられており、テーブルの上で湯気を手放している。そろそろ来るであろうフィオルンとメリアの為にカルナはそうしていてくれたのだろう。奇跡的なタイミングだな、とメリアは思った。傍らの少女も同じように思っていただろうか。ふたりは椅子に腰を下ろした。テーブルの中央には焼き菓子が入ったバスケットがある。メリアがそれについて問えば、ラインとリキが一緒に買ってきたものだと答える。多分リキが買いたくて買いたくて仕方なかったのだろう、茶を飲み終えていたリキがそれを食べては幸せそうな顔をする。無邪気な子供のようだ。彼は四十歳にもなるれっきとした大人なのだが。
日々機神兵やモンスターと戦うシュルクたちにも、今日のような穏やかな日々がある。それは確かな「幸せ」ではないだろうか。傷だらけになって、血を流して。それでも仲間と共にあるというのは、「幸福」と呼べるのではないだろうか。フィオルンはふとそう思った。一度、この街で命を落としたと思われていた彼女だからこそ、そう思うのかもしれない。機神兵の鋭い鉄の爪に貫かれ、後に回収され、身体を機械化された彼女――フィオルンだからこそ。メリアは隣の椅子でクッキーに手を伸ばすフィオルンを見た。優しげな表情をしたフィオルンだが、誰よりも深い悲しみを彼女は背負う。メリアはフィオルンの支えになりたいと願った。仲間だから。友だから。視線に気付いたフィオルンがメリアを見て、首を傾げた。メリアはなんでもない、と答えてから彼女がそうしたようにクッキーを取る。ハーブの入った、甘さ控えめのクッキー。リキにしては大人らしいものを買ってきたようだ。メリアが美味しい、と言葉を漏らすと仲間たちは頷く。リキが「メリアちゃんに気に入ってもらえて嬉しいも!」と叫ぶように言うので、ハイエンターの少女は微笑む。こんな時間が長く続けばいい。そんな風に思ってしまう。だがその時間もいつか終わり、夜が足音をたてて歩み寄ってきて、世界は漆黒に塗りつぶされる。メリアたちもベッドの中で黒が立ち去るのを待つしかない。それまで。それまでの少しの時間でいい、メリアは願う、今日も仲間たちと笑える自分でいたい、と。明日になればまた同じことを願ってしまうだろうけれど。フィオルンもまた、同じように願っていた。胸元に手をやりながら、祈るような眼差しで。


title:不在証明


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