ゼノブレ | ナノ


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強い雨が大地を責め立てる。ここはコロニー6とコロニー9というホムスの街を繋ぐ広大な緑の大地、ガウル平原。フィオルンたちはコロニー6からの避難民が一時期過ごしていた脱出艇キャンプで雨宿りをしていた。カルナが作った簡単な昼食で胃袋を満たした一行に、雨があがるまで、或いはそれが弱くなるまで自由時間が与えられた。フィオルンは入り口付近に立ち、大地を打ちつける雨を見つめる。何故だろう、雨の日は少し憂鬱になる。自分らしくないな、と思うのもいつものことだった。だが天候というものは権力者であろうと貧乏人だろうとどうにかすることが出来るものではない。仕方ないことなのだ、と言い聞かせるのもまた毎度のことであった。ここで突っ立っていてもつまらないし、何にもならない。フィオルンは中に入り、仲間たちが何をしているのか見に行くことにした。

入り口からすぐの部屋でこの旅のリーダー格であるシュルクとハイエンター族の少女メリア・エンシェントが何やら話し込んでいる。部屋とは言ったが、それはまるで蟻の巣のようにくり抜かれた空間でしかない。つまり、木などで出来た扉のようなものなど無く、彼らの姿は丸見えなのだ。声も耳に入る。どうやら現在受けている幾つかの依頼について話しているらしい、メリアがフィオルンの存在にいち早く気付き微笑んだ。フィオルンは笑みを返す。どんな状況に立たされても、やわらかな微笑みを忘れないメリアは、希望と呼ばれる少女にふさわしい。そんなハイエンターの少女を見て、フィオルンの胸がちくりと痛んだ。彼女の抱える悲しみを知っているからだ。フィオルンのその痛みに気付かないシュルクもまたこちらを向いて笑顔になる。彼の笑顔を見ると、その痛みは陽向に放置されたコップの中の氷のように溶けていく。彼らは会話を再開した。機械化されたホムスの少女はその場から離れ、別の仲間の様子を見に歩んだ。
次に視界に入ったのは兄、ダンバンであった。彼はラインとカルナと武具の手入れをしている。兄は刀、幼なじみであるラインは盾にも武器にもなる大きなそれを、カルナはライフルを、だ。彼らもまたフィオルンの存在に気付く。ダンバンがフィオルンに「一緒に武具の手入れをしないか」といったことを口にしたが、そういう気分でなかった少女は首を横に振った。ただ気分の問題だけでなく、フィオルンは自分の武具を食事前に手入れしてしまっていたのだ。兄はそうか、とだけ口にしてから刀に意識を集中させる。ラインもカルナも同様だった。邪魔にならないよう、フィオルンは短い金髪を揺らしながらその部屋を後にした。
一番奥の部屋にはリキがいた。リキはこの旅の仲間で、唯一のノポン族だった。唯一のハイエンター族であるメリア・エンシェントと特に親しいのはそれが理由のようにも思える。リキはサイハテ村の「今年の伝説の勇者」だ。そのため、彼はシュルクやフィオルンたちを「オトモ」などと呼ぶ。客観的に見れば失礼な呼び方と言えるのだが、フィオルンはそれが嫌ではなかった。彼があの村の勇者であることは事実であるし、彼の実力もまた確かなものであるからかもしれない。きっとフィオルンだけでなく、皆がそう思っているだろう。それにリキは重苦しい空気を一瞬で柔らかなものにする力があった。それは彼にしか出来ない、特別な力だった。

「フィオルン、どうしたも?」

リキがつぶらな瞳を少女に向けて問いかける。いつもと変わらない口振りに、表情。フィオルンの胸の中に広がっていた暗雲がリキの起こした風によって吹き飛ばされていくようだった。フィオルンは微笑する。そして小さな勇者に「何でもないわ」と返す。部屋には緩やかかつ穏やかな時が流れていた。

「ならいいんだも」

彼はいつものように身体を揺らしながらそう発言し、笑った。フィオルンの浮かべた微笑が、いつの間にか満面の笑みにまで変化していく。これもまた、彼の力だ。リキはいつだって笑顔で、仲間たちが悲しみに溺れていても手を差し伸べ、救い出してくれる。勇者、という称号がとても合っているように思える。フィオルンはよく知らないが、シュルクたちはサイハテ村の長や住民にリキを押し付けられるような形で仲間にしたという。村長の勘はあたるというが、確かにそう思える。フィオルンが黙り込んでそのような考え事をしている間に、リキは体を揺らしながら少女のすぐ側まで歩み寄ってきていた。背中にあるもうひとつの腕のような翼で少しだけ浮かび上がっている。そしてまた大きな瞳をフィオルンに向けているのだ。

「雨、止まないわね」

フィオルンがぽつりと言った。リキはうんうん、と頷いてそれからまた口を開く。

「フィオルン、雨嫌いも?」
「うーん。あんまり好きじゃないわね」

フィオルンがリキはどうなの?と質問を返すと、リキは何かを答えることはせず、ただ笑うだけだった。少なくともフィオルンのように憂鬱になったりはしないのだろう。リキは巨神界の中層部、マクナにあるサイハテ村の生まれだ。あの辺りは雨が多いから、いちいち憂鬱になどなってられないのかもしれなかった。この部屋にいても雨の音はした。なぜそれ程までに大地を責め立てるのだろう。誰もこの答えを教えてはくれない。
フィオルンとリキはしばらく話をしていた。基本的にリキが語り、フィオルンが相槌を打ちながら時折疑問を投げかけたり、思ったことを口にしたりしながら。こうやって小さな伝説の勇者と機械化された少女が長く、濃く語り合うのは初めてだった。フィオルンは見かけに反して大人の意見を言うリキに驚きながらも感心した。リキもフィオルンと語り合えて嬉しいらしく、いつもはメリアにしか許さないふわふわのもこもこをフィオルンが触れることを許可した。フィオルンは彼の毛並みを撫でながら、これからのことを思う。自分たちが歩むべき道を。もし道標を見失ってしまったら、今日のようにリキに語りかけて、一緒に探そう、そう思った。

フィオルンがリキとの話を終えて、一番最初に覗き込んだ部屋に行くと、そこにメリアとシュルクの姿は無く二人は雨があがったばかりの空の下にいた。フィオルンは静かに歩み寄り、声をかける。二人はそれぞれ金と銀の髪を揺らしつつ振り返る。晴れた空によく似た綺麗な瞳が、晴れ上がったフィオルンの心を映し出していた。


title:泡沫


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