ゼノブレ | ナノ


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青い空はどこまでも高かった。太古の戦いで巨神が切り落とした機神の左腕、落ちた腕と呼ばれる地を進むシュルクたちの目的地はここから遥か上にある、帝都アグニラータだった。かつてはマシーナの暮らす大都市であったというアグニラータ。機神界盟主エギルはたったひとりでその栄光を取り戻そうとしている。エギルはシュルクにとって許せない存在だった。だが彼の父であるミゴールの話を聞いて、それを悲しい話だとも思った。シュルクは改めてそれを考え込み、それから機神の姿を見据える。

これから進むのは全く知らない世界だ。文字通り違う世界であるから、何が待ち受けているかわからない。厳密に言えばここもまたシュルクたちの暮らす世界とは違う世界――機神界であるのだが。シュルクはくるりと後ろを向いた。仲間たちの顔が飛び込んでくる。シュルクは言った。ここで一度身体を休めよう、と。アグニラータを目指して上る道がどれだけ険しいものなのか。どれほどの数の機神兵が出てくるのか。その機神兵の力はどれほどのものなのか。それらがわからないので、比較的安全なここで一度休むべきであるのだと。それにやっと戦える身体になったフィオルンのことも心配だった。もし大丈夫か、とシュルクやダンバンが問いかければフィオルンはリナーダに診てもらったから大丈夫だと言うだろう。だがやはり心配になるのだ。シュルクはフィオルンの苦しそうな顔を見たくなかった。
メリアがいつものように炎のエレメントを召喚して、ラインとリキが力をあわせて集めた小枝に火をつける。カルナとフィオルンがこれまたいつものように簡単な食事の準備を始めた。その間ダンバンが辺りを警戒し、近くに機神兵などがいないかを確認する。シュルクはというと、まだこの地を見回していた。そのため、仲間で唯一のハイエンター族であるメリアが近寄ってきていることに気付かないでいた。メリアは澄んだふたつの目でシュルクを見ている。その色はこの高い空に酷似していた。メリアのくるくると巻かれた銀色の髪は揺れ動いている。彼女はしばらく黙っていた。シュルクが自分の存在に気付くまでそうしているつもりのようだった。

「……メリア?」

やっとシュルクが口を開いた。メリア・エンシェント――ハイエンター皇主ソレアンとホムスである影妃の間に生まれた混血の少女が名前を呼ばれて微笑む。そんなふたりの上を燃え盛る炎のように赤い鳥が大きな翼を広げて飛んでいった。燦々とした太陽は真上にあった。もうしばらく経てば、カルナかフィオルンが昼食の準備が出来たわと、シュルクやメリアに言ってくるだろう。それまでの間、メリアはシュルクと会話することを望んだ。シュルクはその白い手を取る。こうして少女の望みは叶えられた。

「機神界帝都アグニラータ…いったいどんな所なんだろうね」
「そうだな…」

想像もつかないな、とメリアは言う。少年も頷いた。機神界人――マシーナたちが嘗て暮らしていたというアグニラータ。きっと巨神界にある都市とは全く違った色をしていて、全く違った形をしているに違いなかった。そこは機神界の内部であるから、ここのような青い空は見られないだろう。だから、今、眩しいほどの青を目に焼き付ける。

「シュルクたちの暮らしていたコロニーはどんな所なんだ?」

メリアが問いかける。青に染まった瞳にシュルクの姿が映っている。逆に、シュルクの瞳にもメリアの姿が映っているとも言えよう。さあっと風が吹いた。それはとても爽やかなものだった。

「そういえばメリアはコロニー9に来たことがなかったよね」
「ああ、いつか行ってみたいとは思っているのだが、なかなかな」

険しく辛い旅をしているのだ、なかなかコロニー9――シュルク、ライン、フィオルン、ダンバンの故郷に顔を出せないのも仕方ないことである。だがコロニー6の衛生兵カルナ、サイハテ村今年の伝説の勇者リキ、そしてハイエンター皇女メリアという仲間が出来たのだから彼らにも故郷を見せてあげたい、と願ってはいた。黒い顔つきにより殺められたと思われていたフィオルンも戻ってきたことだし、近いうちにコロニー9へ行きたい、シュルクは改めてそう思った。それを口に出して言うと、メリアは嬉しそうな顔をした。シュルクたちの故郷に興味があったのだろう。彼女は外界から隔離された離宮で暮らしてきたのだ、禁忌とされるホムスの血故に皇都を歩くことさえろくに出来なかったのだ、外の世界への憧れがどれだけ大きかったのか、シュルクには計り知れない。仮面を付けたメリアの姿を少年は思い出していた。

「その時は、僕がコロニー9を案内するよ」

しばらく考え込んでいたシュルクがそう言うと、少女は微笑んだ。彼女はとても嬉しそうだった。コロニー9で暮らしていた日々の思い出を、シュルクは静かに語り始める。彼のその日々は色鮮やかだった。ライン、フィオルン、ダンバン――それにディクソン。それ以外にもたくさんの知人があの街にはいた。彼らと過ごした大切な日々をしまい込んでいた宝箱の蓋を開ける。それらはキラキラと輝いていた。メリアはそれを覗き込む。だが手を伸ばしはしない、ただ見ているだけ。シュルクはもうひとつの宝箱も開いた。そこには旅立ってから出会った人々との記憶が詰まっている。もちろんメリアの姿もあった。メリアは自分を見つけると、春の花のような笑顔を見せた。

カルナとフィオルンがシュルクとメリアの名を呼んだ。昼食の時間だ。二人は肩を並べて走り出す。緑の大地を蹴って、仲間の元へ。二人の手は繋がれていなかったが、心は結ばれている。解けないくらい、固く。ラインやリキはもう昼食を食べ始めていた。それを少し呆れ顔のカルナが見つめており、フィオルンは兄のダンバンに昼食を手渡しているところだった。シュルクとメリアはフィオルンの側へと行き、自分の分を受け取る。炎を取り囲むようにして、それを口へと運ぶ。誰かが美味しい、と言葉を落とした。それを拾い上げてカルナとフィオルンが笑った。ぱちぱちとはぜる炎の音と、鳥の声、芽吹く緑のささやき。束の間の休息。彼らは僅かなその時間を大切に過ごした。花が香る。緩やかに砂時計の砂は落ち、時が刻まれる。メリアは空を仰ぎ、世界を見つめた。


title:白々


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