ゼノブレ | ナノ


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機神界盟主を自称するエギルは、かつて繁栄を誇ったマシーナの都市・帝都アグニラータにいる――シュルクたちはその言葉を信じて、機神界フィールドを訪れていた。

機神界フィールドは、大空の下に目に眩しい緑が溢れる巨神界とは真逆で、存在するもの全てが冷たい機械で出来ており、薄暗く閉じられた空間となっている。鉄と油によって作られた、もうひとつの世界――。

機械化されたホムスの少女――フィオルンは胸元に手をやった。大丈夫、まだまだ戦える。そうやって自分で自分に言い聞かせて、ハイエンターの少女メリアの後ろを歩く。フィオルンは身体の七十パーセントを機械部品によって作り替えられていた。もう普通のホムスではない。幼なじみのシュルクやライン、兄であるダンバン、友人であるカルナとは違う。その現実はとっくに受け入れたはずだったが、彼らが人間らしく空腹を訴えたりするのを見ると、密かに胸のあたりが痛んだりもする。機械の身体でいいからシュルクの側で戦えるようにしてください、そうマシーナの医者であるリナーダにも言った。そしてリナーダはその願いを叶えてくれた。これ以上何を望むというのか――フィオルンはそのように思いながら辺りを見回した。
ここ、機神界フィールドに入ってまだ数時間しか経過していないというのに、青空が恋しい。風もなく、緑がない世界。そんな世界にも機神兵は当たり前のように存在して、フィオルンたちに襲いかかってくる。現在のバトルメンバーはシュルク、メリア、そしてフィオルンだ。紅色のモナドを振るい機神兵を斬りつけるシュルク。エレメントを召喚することで味方の力をアップさせ、それから喚びだしたエレメントを放ち攻撃をするメリア。機神兵を二本の剣を使い、エンチャント無しで叩き斬ることが出来るフィオルン。機神界フィールドには機神兵がうじゃうじゃといて、休むこともままならない。少しずつシュルクもメリアも疲労していくが、フィオルンは違う。水とエーテルエネルギーがあればずっと動けてしまう機械の身体。フィオルンは息を切らす二人の姿をこの閉じられた世界に無い「緑」の瞳に映した。

「――大丈夫?メリア、シュルク」

ここに来て何回目になるかわからない機神兵との戦いを終え、フィオルンは剣をおさめながら問いかける。相変わらず機械の動く音が三人を取り囲むように響いていた。

「…うん、僕は平気」
「私も大丈夫だ。優しいのだな、そなたは」

二人が笑顔を作って答える。平気だ、大丈夫だ、と言われてもフィオルンは二人が疲れていることに気付いていた。けれどここで長く休んではいられない。フィオルンは水筒の水を飲むと、それをメリアに渡した。水分補給をするだけの、短い休息。メリアは蓋を静かに取るとそこに水を注いだ。彼女は少しだけ水を飲み、今度はシュルクにそれを渡す。シュルクも彼女と同じようにして水を飲んだ。水は随分と生ぬるくなってしまっていたけれど、誰も文句を言わない。シュルクがフィオルンに水筒を返した。フィオルンはそれをしまい、それから上を見上げた。機神の頭部に位置している、目指す帝都アグニラータはまだまだ遠かった。ここはまだ機神の下層部である。

「行こう」

シュルクが少女たちに言った。二人は頷く。ハイエンターの証とも言えるメリアの頭部の翼が羽ばたくように揺れた。フィオルンは剣を手にする。メリアもそれに続いて杖を握りしめた。冷たく硬い道を行く。リフトと螺旋階段を使って上へ上へとあがっていく。当たり前だが、空が全く見えないので今が朝なのか夜なのかもよくわからない。「もう少し進んだら休もう」と言ったのはシュルクだ。メリアもフィオルンもリーダーであるシュルクの言葉を受け入れる。この先には機神兵が少ない場所がある。そこで身体を休めたら、また力を振り絞って上がっていくことになる。本当は休んでなどいられないのだが、疲れて倒れてしまったら話にならない。シュルクたちはたくさんの人の願いと希望、そして思いを背負って戦っているのだから。

休憩を取る場所へと着いた。フィオルンは腰を下ろし、膝を抱えて上を見る。遥か上にアグニラータはある。そしてあのエギルがいる。マシーナの隠れ里の長ミゴールの実の息子である彼が。モナドに対抗するため、ヒトの身体を取り込んだ機神兵――フェイスを生み出した彼が。
この身体がフィオルンはあまり好きではなかった。本当はホムスの普通の身体でシュルクと共に戦いたかった。けれどそれは叶わない夢で、霧のように消えていってしまった。だからフィオルンはその思いをひとり封じ込めて、彼や彼の仲間の力になろうと決意したのである。こんな身体だけれど――いや、この身体だからこそ、フィオルンは高い戦闘能力を持っていた。その力を今使わないでいつ使うのか。挫けそうになるとき、自分でそう自らに言い聞かせてきた。上を見ても機械しかないのだが、フィオルンはしばらくそうしていた。シュルクとメリアが何か話をしている間も、だ。

「――フィオルン」

シュルクとの話を終えたメリアが彼女の名を呼びながら隣に座り込んだ。いつ見ても綺麗な彼女の瑠璃色の瞳に自分が映っていることに気付いたフィオルンは、首を傾げながら返事をした。機械の無機質な音があちらこちらから聞こえる。まだ見慣れない機械の世界。現れる敵は全て機神兵だ。シュルクのモナド、フィオルンの剣がそれを斬り、メリアの放つエーテルによってそれは滅せられる。

「用は無いのだが――そなたが少し悲しそうな顔をしているのが気になって、な」

メリアによって言いにくそうに発せられた台詞は、フィオルンの胸にも引っかかった。フィオルンは笑みを貼り付けて言う。その笑みも頑張って頑張って作ったものである。

「やっぱり、メリアにはバレちゃうか」

メリアには。その言葉には「シュルクは気付いていないけれど」といった意味が含まれている。メリアもそれを理解していたらしく、苦笑いしていた。

「この身体…機械の身体でここにいるとなんだか変な感じがするの」
「……」
「あ、でもね、メリア。私この身体になったことに悲しんでいるわけじゃないのよ。ただ、みんなと違うなって思うだけで――」

フィオルンは最後まで言うことが出来なかった。思っていたことを口にしただけだった、けれど何故だろう、胸が激しく痛んだ。ちくちくとした痛みではない。ズキズキとした痛みがフィオルンを襲う。メリアはそんなフィオルンを見、それから凛とした声でこう言った。

「――違うわけない。フィオルンはフィオルンだろう?」

シュルクはどんな身体のお前でも、必ずお前を助けただろう――そう付け加えるメリアの瞳は光っている。それを聞くフィオルンの瞳もまたそうに違いなかった。二人の少女がそんな話をしているとは全く思っていないであろうシュルクは、自らの得物であるモナドの手入れをしている。そんな彼をチラリと見つめ、フィオルンはまた声帯を震わせる。

「メリア……ありがとう」

感謝の気持ちが溢れ出て止まらない。フィオルンとメリアの周りだけが、この機械の世界の中で異質で、だんだんと輝きを増していく。

「何かあったら私に言ってくれ。お前の支えになりたいと思っているからな」
「メリア…」

メリアはそっとフィオルンの手を取り、握った。鉄で覆われたフィオルンの手は冷たかったけれど、それを気にせずメリアは握りしめる。確かにそこに友情が存在していた。苦しい戦いの中で、煌めきを増す友情が。
目指す帝都アグニラータは、まだ遠い。休息を取ったシュルクたちは武器を手に立ち上がり、歩み始める。カチャカチャ、ギィギィなど耳障りな音があちらからも、こちらからもするが、フィオルンは気にならなかった。

――お前の支えになりたいと思っているからな。

メリアの言葉が木霊する。少女はその言葉をギュッと抱きしめて、機神界フィールドを歩んでいった。


title:臍


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