ゼノブレ | ナノ


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西の空が赤や黄色に染まり、東から闇が走ってくる。一番星が瞬いていた。頬に触れてくる風はとても冷たいものだった。草木もそれに揺らされ、世界は夜に一歩ずつ近付いていく。冬のコロニー9。
シュルクは研究棟から出た。目指すのは正面口から程近いところにあるダンバン邸だ。そのダンバンだが、一昨日からコロニー6に行っていていない。だが妹であるフィオルンと、かつて共に戦ったハイエンターの少女、メリアがその家にいる。メリア――メリア・エンシェントはフィオルンやシュルクに会いに来たのだ。ひとり、巨神界上層部からはるばるコロニー9へと。いつものように、シュルクのもとに昼食を運んできたフィオルンはメリアをとても心配していた。あの戦いで彼女がどれほどの力をつけたかをフィオルンはよく知っている。だが実際彼女の姿を見るまでは、やはりそれが拭えなかったのだろう。重い扉に鍵をかけ、歩き始める。闇に覆われつつあるコロニー9にも人々の姿はあった。手を繋ぎながら歩くホムスのカップルや、難しい顔をして歩くハイエンター、荷物を抱えたマシーナやノポン。ここは様々な種族が暮らす街となったのだ。コロニー6へ向かったダンバンは、あの旅で力を貸してくれたマシーナの女性、ヴァネアと一緒であった。コロニー6もまた、ここ
と同じように様々な種族が暮らしている街だ。そんなことを考えて歩いているうちに、シュルクはダンバン邸に辿り着いていた。ドアをノックする。これは何度も何度もノックしてきたドアだ。そして毎度、優しいソプラノボイスがドアの向こう側で響いて、シュルクを包んでくれる。

ドアが開かれた。もうあの頃と同じくらいまで伸びた金髪がさらさらと揺れており、翡翠色の瞳は輝いている。ベビーピンクの唇が彼の名を発する。

「シュルク…!」

彼女は嬉しそうな顔をしていた。彼女の瞳に映るシュルクもまた似たような顔をしている。少女はシュルクを招き入れた。何回も入ったことのある家だが、今日は何故だかとても暖かい家に思えた。少女――フィオルンと大きなテーブルが置かれた所まで行くと、新たな顔がシュルクを見つめていた。メリアだ。メリアは椅子に座って、こちらを見ている。彼女もフィオルンもシュルクも、嬉しさを隠しきれないでいる。元々、隠す必要などないのだけれど。メリアは一度立ち上がって、シュルクを見た。フィオルンとはまた違った色をしたふたつの瞳で。

「久しぶりだな、シュルク。元気だったか?」

可愛らしい顔にはあまり似合わない、堅苦しい口調。だがそれもメリアらしさのひとつ。シュルクはこくりと頷いて同じ質問をメリアに投げかける。メリアは微笑んだ。私は元気でやっている、と。久々に顔を合わせたメリアとシュルクが話し込んでいる間にフィオルンは夕食の支度を終えたようだった。深い皿を運んできたと思えば、大きく重たそうな鍋をこちらへと運んでいる。シュルクは駆け寄ってそれを手にし、軽々とテーブルに置いた。

「ありがとう、シュルク。やっぱり男の子なのね、シュルクも」

フィオルンが礼を言う。シュルクは素直にそれを受け止め、どういたしまして、と返す。その間にメリアが椅子から立ち上がって、キッチンへと早足で向かい新鮮な野菜が盛りだくさんのサラダをこちらへと運ぶ。フィオルンがメリアに、今日はお客さまなのに、と言い掛けたが、メリアがとても楽しそうに、かつ、嬉しそうにしているので出掛かったそれを飲み込んで笑みを作った。その間にシュルクがパンや飲み物を運び、夕食の準備がすべて整った。あとはもう大いに語り、大いに食べるだけである。メリアは先ほど座っていた椅子へ、フィオルンはいつも座っている椅子に、シュルクは迷った結果二人の間にある椅子に腰を下ろした。大きな鍋の中身は熱々のホワイトシチューだった。フィオルンが丁寧に皿へ入れ、シュルクとメリアは喜んで受け取る。熱いホワイトシチューは、冷えた身体にうってつけだ。メリアはほくほくとした芋をスプーンでふたつに切ってから口に運び入れ、シュルクはスプーンでシチューをすくい、フィオルンはまずサラダに手をつける。

三人は食事を楽しみながら、様々な話をした。あのモンスターは強かったね、あそこからの景色は綺麗だったね、等々。辛いことも山ほどあった。だがそれ以上に嬉しいこと、楽しいこともあった。何より旅に出なければ、シュルクたちはメリアやカルナ、そしてリキにも会わないまま生きていっただろう。今だから仮定の話として語れるが、機神兵に蹂躙された後、コロニーを捨て、フィオルンの敵討ちもせずに、もちろんメリアたちとも会わず、密かに隠れ住むように生きていくような「いま」もシュルクの選択によってはあり得た。だがシュルクはそれを選ばなかった。仲間とともにフィオルンの仇を討つ旅に出、メリアたちと出会い、死んだと思われたフィオルンを救い出し――裏切りや絶望を乗り越え、希望溢れる未来を切り開いたのである。シュルクは過去を語りながら、フィオルンとメリアと共にこれから先を見つめた。なんとなく窓の外を見れば、漆黒がそこで佇んでいた。

食事を終え、後片付けを手分けして済ませ、フィオルンが熱い茶を淹れた。それで喉を潤したころ、シュルクが立ち上がって二人に言った。――「そろそろ僕は帰るよ」、と。フィオルンのグリーンの瞳、メリアのブルーの瞳が視線を絡ませてからシュルクを見た。フィオルンは言う。ゆっくりしていけばいいのに、と。だがシュルクは首を横に振った。明日も早いし、女同士語ることがたくさんあるであろうフィオルンとメリアの邪魔をしたくなかった。それにメリアは数日コロニー9に滞在するのだ、明日の夕方にでもまた会える。二人はシュルクを見送った。闇に溶けるまで、彼の姿を見つめた。

「メリア。来てくれてありがとう、ね」

フィオルンがシュルクの後ろ姿を見ながらぽつりと言った。メリアもフィオルンも、身体が寒さで震えていた。フィオルンはそれすらも嬉しかった。機械の身体ではこんな風に感じることも出来なかっただろうからである。フィオルンの言葉を受けて、メリアは首を縦に振った。

「こちらこそありがとう、フィオルン。シチューもサラダも、とても美味しかった」
「本当に?メリアにそう言われるとすごく嬉しいな。明日も頑張って作るわね」
「明日は私にも手伝わせてくれ」
「ふふ、ありがとう。…メリア、見て!星が――」

フィオルンが天空を指差した。メリアはその指が指すものを見る。流れ星だ。それは銀色の線を描いて消えていく。メリアとフィオルンは顔を見合わせる。どちらも幸せそうな表情をしていた。きっと何かを願うことが出来たのだろう。静かに夜が更ける。世界の片隅で少女たちは笑い合い、語り合い、果てない未来を信じる。希望と呼ばれた少女と、機械の身体で生きたことのある少女。それぞれが見つめる先にあるものは同じものであるのだと、本人たちですらまだわからないままだった。


title:白々


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