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final fantasy tactics

この感情の名前を、私はまだ知らない――。
きっと、永遠の眠りにつくその時に、それを知るのだろう。
悲しみと、そして、愛しさに似たその感情の名を。



あれからどれだけの時が流れたのだろうか、と彼女は考える。季節は春を迎え、朝晩は冷えるものの昼間はだいぶ暖かな日が増えてきた。雪も次第に溶けていって、街から白が音も無く消えていく。彼女の名はメリアドール・ティンジェル。ミュロンド、グレバドス教会所属の神殿騎士であった。ここはメリアドールの祖国ではない。ずっと遠い国の生まれであるメリアドールは数年前からこの街でひっそりと生活をしている。祖国のことを思わない日はない。そして、共に戦った仲間のことも、今はもう会えぬ家族のことも。それから、淡い想いを抱いていた「彼」のこともだ。

メリアドールが想っていた人物の名は、クレティアン・ドロワという。彼もまた神殿騎士団の一員で、騎士でありながら高度な魔法を操る魔道士であった。彼とは幾つか歳が離れてはいたものの、確かな関係を築いていた。誕生日にはプレゼントを贈りあったし、離れる時は再会を約束した。あの頃は多忙ではあったけれど、充実していた。理想の為に手を取り合って戦っていくという決意は本物であったし、それは揺らぐことがないと信じていた。――が、現実とは非情なものである。クレティアンとの関係が柔らかく甘いものになった頃、メリアドールはたったひとりの弟を失ったのである。その弟は異端者に殺められたのだと団長であり実父であるヴォルマルフに告げられ、彼女は怒りを滾らせ、悲しみに溺れながら仇を討つと決意した。だが異端者が弟を殺めたということは、真実ではなかった。ヴォルマルフはとうの昔に人間の心を棄てて、メリアドールとその弟イズルードを利用していただけだったのである。クレティアンもまた「そう」だったという事実はメリアドールの世界を歪ませ、彼女を深い絶望へと叩きつけた。メリアドールは異端者とされていた青年――ラムザと共に弟の為にも戦う道を選んだ。悲しみの中で、抗う決意をした。それでも、クレティアンへの想いは本物だった。彼との日々は大切な記憶であった。だからこそ――メリアドールは死都ミュロンドで彼に剣を向けたのである。

「――」

その時のことを思い出して、メリアドールは瞳を潤ませた。もし、彼が「そう」でなければ違った今があったのかもしれない、と。クレティアンは優しかった。それは真実だった。任務で怪我をした時も、体調を崩して熱を出した時も――いつだってクレティアンはメリアドールが一番欲しい言葉をくれたし、相談をした時も的確な言葉をくれた。雪の降る誕生日には高価な香水を贈ってくれた。その瓶はいまでも大切にしている。これほどまでに愛していたというのに、何故私はひとりにならなければならなかったのか。悲しくて、切なくて、想いが溢れだして止まらない。あれから短くはない時が流れていったというのに、未だにそれは色褪せぬまま残っている。クレティアン、と彼の名を心の中で呟くたびに愛しさは増していく。世界中、どこを探したってもう会えないとわかっているのに。それでも。



その日の夜――夢に、クレティアンが出てきた。なかなか眠りにつけず、やっと落ちた眠りの国に彼はいた。彼は神に祈りを捧げている。クレティアンはガリランド王立士官アカデミーを主席で卒業すると迷わず神殿騎士団に入った敬虔なグレバドス教信者だ。メリアドールは彼の後ろ姿を確認すると、歩み寄って彼の隣で祈った。メリアドールが顔を上げても、彼はまだ祈りを続けていた。沈黙のあと、彼は彼女の存在に気付き、少しだけ微笑んだ。そして、それから彼女の名を口にした。メリアドールがいま、一番欲しい言葉――名を呼ばれること。それを夢の中で再会した彼がかけてくれたのだ。

「――クレティアン……」

彼女も彼の名を口にする。少し、声は震えていたかもしれない。

「どうした?」

悲しそうな顔をしている、とクレティアンが心配そうに尋ねる。メリアドールは首を横に振ってなんでもないと答えるが彼には全てお見通しのようで、クレティアンはそっとメリアドールの手を取った。そしてぬくもりを分け与える。自分より大きな手。あたたかな手。この手に触れられたい、そう願っていた。ひとりになってからはずっと。視線が絡まる。彼は優しい目をしていた。――そう、優しい目を。死都ミュロンドで戦ったあの時とは百八十度違う、その眼差し。ああ、私はひどく悪い夢を見ていたのだ。彼と私が戦うことなんてあり得ない。こんなにも好いているのだから。そう想った瞬間――メリアドールは現実へと引き戻される。クレティアンも、イズルードも、ヴォルマルフも――皆がいない、現実世界へと。まだ外は薄暗い、そんな時間帯。頬には涙が残されていた。

「……っ」

メリアドールは独りだった。胸の中にはたくさんの人がいて、クレティアンの姿は特に鮮明に残されているというのに。彼女は胸に手をやり、目を閉じる。もう一度あの夢の世界へ戻りたい、と。そしてずっとそこにいたい。そんな事を願う弱い自分を彼はどう見るだろうか。何も言わずに、敢えて抱きしめてくれるだろうか。クレティアンへの感情の名前を、メリアドールはまだ知らない。恋だとか、愛だとか、そういった言葉ではとてもとても言い表すことは出来ない。そう、それ以上の感情だから。ふたたびあの儚い世界へ戻れても、現実は足音を立てて駆け寄ってくる。それに捕まる前に、クレティアンに伝えたい言葉がある。メリアドールは白いベッドの中で、何度も、何度も彼の名を呼んだ。


title:エナメル
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