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final fantasy tactics

高らかに教会の鐘が鳴る。冷えきった空気を走って行く清らかな音を耳に、少女は空を仰いだ。そこには目にしみる程に澄み渡る青が自分のことを見下ろしている。少女の名はアルマという。アルマはこの国の生まれではない。ここから遠く離れた畏国の生まれだ。この国に来て短くはない時が流れたものの、故郷のことは忘れられない。もう二度と祖国の土を踏むことはないだろう、という事もわかってはいるのだけれど。



アルマは兄であるラムザと、風水士の少女、そして竜騎士の青年と一緒に、この国でひっそりと生活をしている。畏国の大地を焦がした戦争の時代を共に生き共に戦った仲間とは散り散りになってしまった。偶然再会することが出来たのは、その少女と青年のふたりだけ。少女の方はラムザの士官アカデミー時代からの友人であった。他の仲間たちについては生死すらわからない。気付いた時、アルマは傷だらけですぐ隣に倒れていたラムザは彼女以上に傷と泥で汚れていた。先に目を覚ましたアルマが兄に回復魔法を唱えて、暫く経ってから目覚めたラムザに声をかけたのだ。――兄さん、と。少女と再会したのはその日の夕暮れ時だった。傷だらけで歩くふたりを見た一般女性が教会へと案内してくれたその時のことだ。少女もまた女性に助けられて教会へ連れてきてもらったのだという。竜騎士の青年と再会したのはそれから三日後。彼もまた深い傷を負っていた。青年の傷が癒えた頃になって、アルマはやっと現実を受け入れることが出来た。自分たちはもう祖国へ帰ることは出来ない。異端者の烙印を押されたのだ。それが捏造されたものであっても、自分たちは追われる側のままで。幸い、この国の人々は誰も一行のことを知らなかった。戦争が起きていたことなどは知っているようだったが、彼らは生きることで精一杯の様子だった。この国は酷く貧しい国だったのだ。居場所を与えられた四人はひっそりとした生活を始めた。風水士の少女はその能力を買われ、竜騎士の青年もまたその力をいかして新たな日々を送っている。アルマとラムザの新しい日々を歩んでいる。アグリアス、ムスタディオ、雷神シド、そしてメリアドール……かつての仲間のことを思いながら。どこかで生きていることを信じながら。再会出来るかどうかはわからない。自分たちのように知らない国で、新しい日々を送っているのだろうか?それを望まずにはいられない。アルマは祈る。大切な人々がどこかで生きていますようにと。アルマは空をふたたび仰ぐ。思い出すのはアグリアスやムスタディオといった仲間たちだけではない。あの日、あの場所で、自分の目の前で命を落とした神殿騎士のことを、彼女は忘れることが出来ない。――イズルード・ティンジェル。彼がもし生き延びていたのなら、間違いなく兄ラムザの力となってくれたであろう青年。イズルードは、真実を知りラムザの仲間となったメリアドール・ティンジェルの実弟である。彼はすべてを知り、アルマに思いを託し、そして死んでいった。彼もまた悪しき者に利用された人物であった。仲間となったメリアドールは時々アルマに弟のことを話してくれた。恐らく、アルマが彼の死を看取ったことを知ったからだろう。幼くして母を失った姉弟は、父ヴォルマルフ・ティンジェルを信じきっていた。そんなふたりは、腐りきった畏国を救おうと心の底から思っていたのだ。しかし、姉弟は利用されているだけだった。父であり、神殿騎士団を率いるヴォルマルフという男はもはや人間ですらなかった。ルカヴィ。伝説に出てくる悪魔と融合していたのである。それを知った時、イズルードの命の灯火は燃え尽きかけていた。最期の最期に側にいたのが少女――アルマ・ベオルブであったのだ。アルマは目の前でこの世を去っていった彼の思いを無にしてはならないと思った。それと同時に、先程思ったように、生き延びてさえいたら兄の仲間になれただろうとも思った。けれど現実は非情である。尊い命がひとつ、また消えていった。ヴォルマルフはその死すら利用し、最愛の弟を失ったメリアドールにラムザを追わせた。全てが異端者ラムザ・ベオルブのせいであると――。



「――アルマ?」

風が通り抜けていく。声をかけられてアルマは振り返る。そこには風水士の少女の姿があった。彼女とアルマの長い髪は揺れている。

「なにか考え事?」
「ええ……昔のことを少し」
「……そう」

少女はそれ以上問いかけてはこなかった。空白に何か重いものがあるということを理解していたのだろう。彼女は前からそうだった。空気が読めると言えば、わかりやすいだろうか。アルマが目の前で命尽きた青年のことを思っているとまでは、わからないだろうけれど、それなりの重みを感じ取ったのだろう。また、鐘がなる。静かな世界を響き渡っていく。冬の乾いた空気を切り裂いていくかのように。アルマは瞼を閉じた。瞼の裏側にはティータやオヴェリアといった人物の横顔が焼き付いている。その中にイズルードの姿もあった。彼との時間、それはほんの僅かな時間だけだったけれど彼女にとっては忘れることの出来ないものなのだろう。

(……イズルード)

心の中で名を呼ぶ。答えはない。もしかしたらここではないどこかの国で生きるメリアドールの横にイズルードはいるのかもしれない。それが一番良いことなのだろう。アルマはそんな事を思いつつ、少女とともにその場を後にした。


title:シンガロン

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