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final fantasy tactics

国を揺るがせた獅子戦争の終結より、数ヶ月――。よく晴れた日のこと。ゼルテニア城の一室で、少女が縋るような目をしたまま黙している。

まるで自分は籠の中の鳥だ。そこまで考えたところで何処からか「違う」という言葉が降ってくる。籠の中の鳥は翼があるだけマシだ、と。籠の扉が開け放たれたら、鳥は自力で飛んで逃げられる。けれども自分は違う。翼など無い。外の見えない窮屈な部屋に閉じ込められているようなもの。その部屋の壁は重たく鈍い色をしていて、窓なんて無くて。それでいてこの部屋に気を紛らわせるものが置かれているわけでもないのだ。少女は溜め息を吐いた。今日も植物のように、呼吸だけ許されて生かされる。

「オヴェリア」

若い男が部屋に入ってきた。ノックの音はしなかった。いや、聞こえなかっただけかもしれない。オヴェリアと呼ばれた少女は静かに顔を上げて、その声の主に視線を向ける。少女は胸の中でその男の名をぽつりと呟く。ディリータ。太陽と聖印に護られた双頭の獅子が治める国、イヴァリースの王。そして、オヴェリアの夫でもある。

「……」

オヴェリアは何も発言しなかった。そして彼もそれを不思議とは思っていないようで、足音をたてながら彼女へと近寄っていく。

「もうすぐおまえの誕生日だろう?」

何が欲しい?と問いかけるディリータに、オヴェリアは尚も黙っていた。ここで「自由」などと答えたら彼はどんな顔をしてどんな答えを口にするのだろう?と思いつつも。

「少し中庭に出るか?今日はいい天気だ」

金牛の月になって、数日。穏やかで過ごしやすい季節がこの国にも訪れた。大地の緑は眩しく、花々は咲き乱れ、鳥は美しい囀りを響かせる。しかしオヴェリアの表情にそういった光は見えない。ディリータは答えを数分待ったが、オヴェリアの口が開かないことに肩を竦めてゆっくりと彼女に歩み寄っていく。オヴェリアはそれも拒まなかった。差し伸ばされた手を少し間を開けてから取る。大きな手だ。あたたかい、けれどもこの手は多くの命を奪ってきた手でもある。血に塗れた手と言っても間違いではない。けれど、ぬくもりもまた確かにあるのだ。この手にも。


空は青く、どこまでも澄み渡っている。護衛の兵士たちをかき分けていくようにふたりは中庭へと出た。色々な花が咲いている。庭師が毎日毎日世話をしている、たくさんの花々が。赤や黄色、白、桃色。よい香りは優しげな表情の風にのって遥か遠くまで運ばれていく。緑の葉は光を受け、茎は天を目指してすっと伸びている。オヴェリアもそれを見て、とても小さくだが笑みを浮かべた。ディリータはそれに気付いているのだろうか?オヴェリアはすぐに表情をいつものものへと戻し、一歩だけ前に進んだ。長い髪が揺れている。ディリータもそんな彼女のそばへと行く。オヴェリアは拒まなかった。けれど、歓迎している様子でもない。ディリータは苦笑した。そして、空を仰ぎ、その目をふたたびオヴェリアの方へと向ける。彼女は色とりどりの花を静かに見ていた。

「何本か摘んで、部屋に飾るか?」
「……いいえ」

オヴェリアは短く答えた。久しぶりに発せられた声。

「……そうか」

少女は多分、花に自分の姿を重ねているのだろう。自由を知らず、ただ周りの者に流されているような自分を。オーボンヌの修道院にいた頃も自由とは言い難かったが、あの頃は友がいた。今はどうだろう、ディリータという存在がすぐそばにあるけれど「幸せ」といったものは無い。友がいた「幸せ」は確かに本物だというのに。風がざっと吹いた。蹌踉めくオヴェリアをディリータが支える。オヴェリアはディリータを見る。彼はそんなオヴェリアを見て微笑んでいた。それはどこかで見た表情に似ている。どこで見たのか思い出せないというのに。胸が締め付けられる。本当は、彼を心から信じ、彼を強く強く想い、生きていけたらいい。けれども――。


その夜、オヴェリアはいつものように祈りを捧げてからベッドへと潜り込んだ。先程のそれは比喩で、この部屋にも窓はある。その先にあるのは闇だけだからあってないようなものである。少女はなかなか眠れずにいた。様々な思いが心のなかで渦巻いている。修道院で同じ時間を過ごしたたったひとりの友達アルマのこと、彼の兄であり一時期行動を共にしたラムザのこと、自分を支えてくれた騎士アグリアスのこと、そして――ディリータのこと。側にいるのはディリータだけだ。他の者は、遥か彼方へといってしまった。改めてそう考えると瞳が潤んでくる。手で目をこすり、振り払おうとしてもアルマの笑顔が、ラムザの吹く草笛の音が、アグリアスの凛とした表情が溶け消えることはない。自分はなにがしたいのだろう?どうしたらいいのだろう?このまま、ただ生かされていくだけなのだろうか?もうすぐ誕生日が来る。ディリータはきっとそれを祝ってくれるだろう。でも。オヴェリアは無理矢理目を閉じる。胸には黒くよどんだ何かが広がりつつあった。

やっと行くことができた夢の中に出てきたのは、ディリータだった。ディリータは笑っている。そして気付く。夢の中の自分も笑っていることを。夢の中の自分はディリータを信じている。愛している。一緒に長い時を過ごしていきたいと願っている。倖せだった。ひどく儚いこの世界でしか得られないそれを、オヴェリアは抱きしめる。そこでもディリータの手はあたたかい。そして、優しい。夢の中のオヴェリアは気付いている、この世界が偽りのものであるということに。それでいて、この偽りの世界に在り続けたいとも願っている。そんなこと叶わないとわかっているのに。


朝、オヴェリアはなかなか身体を起こせなかった。腫れた目。幸せな夢だったはずなのに、泣いていた自分。一歩ずつ誕生日が迫る。ディリータはきっと祝福してくれるだろう、けれど、日に日に彼への思いが色と形を変えつつある。抑えることが出来ない。オヴェリアは身体を横たえたまま胸に手をやる。どくん、どくんと心臓が動いている。当たり前の事だけれどそうやって再確認するとまた涙が出そうになった。窓の向こうには美しい世界がある。自分が飛ぶことを許されていない、悠久の空がある。オヴェリアはふたたび目を閉じた。花瓶ひとつ置かれていない小さな部屋で。籠の中。


title:エバーラスティングブルー

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