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final fantasy tactics

恐ろしい程に静かな夜だった。空で瞬く星が僅かながらに自己主張をしている。聖地ミュロンド。ここへは救いを求める信者たちが数多くやってくる。メリアドール・ティンジェルは自室の窓をそっと開けて、闇に包まれた世界を見ていた。メリアドールはミュロンド・グレバドス教会所属の神殿騎士である。父ヴォルマルフ・ティンジェルは神殿騎士団の団長で、彼女が使う剛剣も彼や同じく神殿騎士であるローファルから学んだ。そんな彼女は今、悲しみに沈んでいた。実の弟であるイズルードが命を落としたのだ。リオファネス城で、異端者に殺されたという。メリアドールは彼の仇を討つべく異端者を――ラムザ・ベオルブを追うことになった。出発は明日の早朝である。悲しみの海に沈みながらも、彼女の心には怒りと憎しみも渦巻いていた。イズルードはたったひとりの弟。大切な存在だった。幼くして母を亡くしたメリアドールは姉として、時には母として彼を支えてきた。喧嘩をすることもあったがいつもすぐに仲直りしていた。そんな姉弟のことを他の神殿騎士たちも見守ってくれていた。彼女の居場所にはいつだって弟がいた。任務で暫く会えないこともあったけれど、ここへ戻れば会うことも出来た。しかし、もうその弟はいない。痛かっただろう、苦しかっただろう、辛かっただろう、と彼のことを考えると胸は引き裂けそうになる。だからヴォルマルフから異端者を追えという任務が下ったとき、メリアドールは即座に頷いた。手には剣を。胸には焔を。メリアドールは窓を閉めて、鏡の前へと移動する。そこにはまだ見慣れぬ自分の姿がある。復讐を誓った時に切った髪。ばっさりと切り落としたのは決意の現れ。潤んだ瞳が自分を見ている。彼女は俯いて最愛の弟の名を呟くように口にする。そして顔をもう一度鏡へと向ける。ぎゅっと拳を握った。痛いほどに、強く、強く――。


「どうした、メリアドール?」

名を呼ばれて、彼女ははっとし、顔を上げた。そこには綺麗な顔立ちをした女性の姿がある。名をアグリアスという。アトカーシャ王家直属のルザリア聖近衛騎士団に所属する女性騎士だ。ここは小さな町にある酒場。酒の匂いと人々の声が交じり合って独特の空気を作っている。メリアドールは数ヶ月前のことを思い返しているうちにそれに囚われていたらしい、彼女はラムザ・ベオルブから真実を知らされ教会から離反し、イヴァリースの底で蠢く真の悪を倒すため行動を共にしているのだった。メリアドールはかつてラムザやアグリアスに剣を向けた。そのことを彼女自身は気にしていた。それでもラムザたちは彼女を受け入れた。共にイズルードの仇を討とう、そう言ってくれたのである。もし彼が生き延びていたのならば、姉弟は揃って彼らの仲間になっていたかもしれない。アグリアスは静かにメリアドールのことを見つめていた。

「少し前のことを思い出していただけよ」
「そうか……」

ふたりの女騎士は並んで座っている。前の席にはまだ少女と呼べる年の白魔道士と、召喚士が座っている。ふたりはラムザの学友であるという。彼女たちはミルクをゆっくりと味わうように飲んでいる。ふたりは何やら会話を交わしており、メリアドールとアグリアスに何かを言ってはこない。

「ところで、ラムザは?」

メリアドールは問いかける。アグリアスは首を横に振った。恐らくはムスタディオと一緒だろう、と言いながら。ムスタディオは機工士でラムザにとって親友とも呼べる存在だ。なら心配ないわね、とメリアドールが言えばアグリアスも今度は首を縦に振る。酒場は繁盛している。白魔道士と召喚士の少女同様、ラムザのアカデミー時代からの友である青年ふたりも情報を集めるべく客などに声をかけている。アグリアスとメリアドールはそれから幾つかの言葉を交わし、運ばれてきた料理を丁寧にナイフで切ってフォークを手に口へと運ぶ。ラムザとその仲間は「異端者」であったが、幸運な事にまだ顔はあまり知られていなかった。それにここは辺境の町である、こういうところでならばこうやって普通に店に入り、腹を満たしつつ情報収集が出来る。だが、それにはきっと限界があるだろう。追う側だった神殿騎士メリアドールがラムザの仲間となり、異端者の烙印を押されたことも大きい。ここに居られるのは後数日だろう、メリアドールは少し申し訳無さそうな顔をした。するとアグリアスが全てを察したかのように手を肩にやる。貴公のせいではなかろう、と。その言葉に彼女は救われた、そう本当に感じた。

夜が更けていく。ラムザはやはりムスタディオと一緒にいたらしく、アグリアスとメリアドールを見つけると「そろそろ戻りましょう」と言った。宿に戻り、作戦を練り、それから体を休める。時計の針はかちこちと正確に時を刻み続けていた。酒場を出て、夜風を受けたメリアドールのフードがそっと脱げた。彼女はあ、と言葉を発しつつ頭部に手をやった。隣にいたアグリアスとラムザがそんな彼女の姿を見た。確か、彼女がフードを被っていない姿を見せるのは初めてだ。血を分けた実の弟であるイズルードとよく似た、柔らかそうなブラウンのショートヘア。メリアドールは急いでフードを被る。仲間達は特に何も言わなかった。それは優しさに満ちた行為。黒い空で瞬く星は、いつか見たものとよく似た光を放っている。幼い頃、弟と見上げた星空と、哀しくなるほどに酷似した光を。


title:エバーラスティングブルー

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