final fantasy tactics
「…そうやって、みんなを利用して!…ラムザのように、いつか私も見殺しにするのね……!」
畏国王ディリータ・ハイラルは愛する女性のその言葉の意味を、すぐには理解出来なかった。自らの身体に走る激痛に屈しそうになりながら、彼は自分に突き刺さっている短剣を抜く。当たり前のことではあるが、彼女は刃物の扱いに慣れていない。急所は外れている。しかし、血が溢れて止まらない。ディリータは彼女――オヴェリアを見た。瞳には怒りが宿っている。いつもの彼女からは想像出来ない表情をしている。ディリータは自分の体から抜いたばかりの短剣をぎゅっと握った。太陽の光によって血に染まった刃は怪しく光る。そして――そのまま、神の前で永遠の愛を誓った女性、オヴェリアの胸元に突き刺した。彼は後ずさる。手から落ちる短剣。オヴェリアはディリータが用意した花束の上に倒れ伏していた。色とりどりの花がすべて鮮血の赤に染まっていた。ディリータが空を仰ぐ。このままでは出血多量で死んでしまうかもしれない。目の前のオヴェリアはもう息をしていない。忍び寄る闇があるということはわかっている筈だったが、ディリータは助けを呼ぼうとはしなかった。恐ろしいほどに青く高い空を見上げて、口を開く。掠れた声しか出ない。オヴェリアの為に多くの人間を殺めた。自分の為に多くの人間を利用してきた。改めて思えばどうしようもない人生だった、と彼は意外にも落ち着いて考えることが出来た。死がこちらを向いているというのに。もしかしたら妹のところに逝けるかもしれない、と心の隅で思ったからなのかもしれない。
そんな中でディリータは思い出していた。ここゼルテニアでラムザと接触した日のことを。あの日、ラムザはディリータにこう問いていた。自分の野心のためにオヴェリアを利用しているのか、と。そしてこう答えた。「わからない」と。はぐらかした訳ではない。本当のことを言ったまでた。ディリータはこう続けた。――彼女のためならこの命を失っても惜しくない、と。
しかし――まさかこんな日が来るとは、あの時は想像出来なかっただろう。枢機卿殺害の容疑をかけられ「異端者」の汚名を受けていたラムザ。重い台詞をお互いに口にした。その後、異端審問官であるザルモゥを葬った。ディリータがラムザと共闘したのは本当に久し振りのことであった。教会の鐘の音が、今でも耳の奥で響いている。
ディリータはそういったこれまでのことを振り返って、苦痛で歪む顔を向け、もう一度オヴェリアを見た。オヴェリアの亡骸は赤く赤く。まるで沈む太陽の茜色のようだ。さらさらとした長い髪にも血がはねており、少し見ただけでも高級なものだろうと分かる衣服も同様。ディリータは短剣で彼女の左胸を突いている。オヴェリアは即死だった。愛する人があまり苦しまずに逝ったこと。中途半端に傷付けられ、命が燃え尽きるまで激痛と戦うのは自分だけでよかった。オムドリア3世が二番目の王子を亡くしたときに養女として王家に迎えられ、その後はラーグ公に預けられたというオヴェリア・アトカーシャ。人生のほとんどを修道院で暮らした彼女はいつだったか嘆いていた。それだけではない。オヴェリアは王家の血筋などではなく、元老院が死んだ王女の身代わりとして送り込まれたひとりの少女に過ぎないというのだ。絶望に喘ぎ、呪われた運命に狂わされたオヴェリア。自分は彼女に僅かな安らぎさえ与えられなかった。ディリータの目は次第に虚ろになっていく。ジークデン砦で殺されたティータの声がする。たったひとりの家族であるティータの声が。バサバサと白い鳩が飛んで行く。ディリータは掠れ声で嘗ての親友の名を呼び、問いかける。永遠に答えが返ってこない、問いかけを。
――畏国は春が訪れ、花が芳しく香り、風もあたたかさを増す、そんな時期だった。
title:夜途