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final fantasy tactics

教会の鐘が鳴る。長かった冬がようやく終わった。春を迎えたばかりの冷たさを残した風が、その音を遥か遠くまで運んでいく。清らかな鐘の音はどう足掻いても戻らない過去をよみがえらせる。今、彼女はひとりだった。少し前まで仲間はいたが、散り散りになってしまった。多くの犠牲を払って終わった争いは、最終的に別れを生んだ。こうして生きていられるだけよかった、と考えるべきなのだろう。だが、悲しみは消えない。全てを受け入れる事が出来るほど自分は強くない、そう彼女――メリアドール・ティンジェルは心の中でつぶやいた。返ってくる言葉も、なにもないのだけれど。



かつて、メリアドールはミュロンド・グレバドス教会所属の神殿騎士であり、騎士団長ヴォルマルフの実子であった。聖石を持つ新生ゾディアックブレイブのひとりであり、同時に剣を携えた聖職者ディバインナイトでもある。父と同じ道を進んでいたが、その道はいつしか分かれてしまった。弟を殺され、同胞に裏切られ、神にさえ否定された。そんなメリアドールに手を差し伸べてくれたのが、ラムザ・ベオルブであった。メリアドールは最初、ラムザこそが弟を殺したと誤解していた。神殿騎士団のメンバーであるメリアドールは部下を引き連れてベルベニアでラムザと戦った。自治都市ベルベニアは聖アジョラ生誕の地とされる町である。メリアドールは怒りに震えていた。憎しみで目が見えていなかった。イズルードを殺めたラムザを殺すこと。その為に剣を振るった。もともとは、そんな行為の為に振るうべき剣ではなかったはずなのに。彼女は彼の話を聞かなかった。どんな言葉も言い訳に聞こえた。ラムザは感じたかもしれない。彼女にとってイズルードという存在がどれだけ大きかったかを。いや、感じていたからこそ、あのランベリー城にある地下墓地でメリアドールを仲間に入れてくれたのかもしれない。もしイズルードが生き延びていたのならば、姉弟は揃ってラムザ・ベオルブの仲間となれただろう。メリアドールは夜な夜な弟を想い枕を濡らした。それから思うのは父のこと。神殿騎士の仲間たちのこと。それから――いま自分を受け入れてくれている人たちのことを。



メリアドールはゆっくりと歩いて行く。柔らかな草の上を静かに。この国に流れてきたメリアドールはひとりでひっそりと生活を送っている。祖国に帰る日はきっと来ない、と思いながら。自分は異端者とされたラムザの仲間。故に、自分もまた追われる身。それに、ラムザの仲間は全員死んでしまったと畏国の人々は思っている。ならばこのまま戻ることなく、異国で緩やかに生きていくことが最良のことなのだろう。それがメリアドールの出した結論だった。本当のことを思えばイズルードのことを弔い、故郷で生きていきたい。けれど、それはやはり無理なことなのだろう。また争いに巻き込まれて、奇跡的に助かったこの命を落とす訳にはいかないのだ。だから、メリアドールは思う。この地でイズルードたちのことを忘れずに生きていこう、と。そしてどこかで生きているだろうラムザや彼の妹アルマ、女騎士アグリアスに機工士ムスタディオ…共に戦い抜いた仲間たちを想い続けていこう、と。

風が吹いた。少しだけ強く吹いたその風の中で、幼い子どもがふたり駆けまわっている。そちらをよく見れば、子どもたちの顔はよく似ていた。きっと、双子なのだろう。少し離れたところで母親が目を細めて子どもたちを見ている。メリアドールは昔のことを思い出し、胸にちくちくとした痛みを感じた。イズルードとはしゃいだり、喧嘩をしたりした、あの頃を。戻ることのない過去。だが、それはメリアドールが一番失いたくないものでもある。それを失わない限り私は孤独ではない――彼女は胸の中で繰り返す。

「あっ!」

突然、双子の姉妹を見ていた母親が声を上げた。メリアドールはその声を耳にして現実へと引き戻される。母親が見ている方向へ視線を動かせば、そこには転んで泣きじゃくる幼子の姿。膝を擦りむいて血が滲んでいる。わんわんと泣く片割れを見て、もらい泣きをするもうひとりの幼女。母親が駆け寄っていく。メリアドールもいつの間にか彼女と同じ行動をしていた。

「大丈夫?」

メリアドールが言う。しかし小さな子どもたちは泣き止まない。母親もおろおろとしていた。真っ赤な膝。そして涙が溢れる瞳と、それが伝う頬。

「動かないで」
「え……?」

泣いている幼子に、メリアドールは優しい声をかけた。そっと右手を傷にかざす。穏やかで柔らかい光がうまれる。

「――清らかなる生命の風よ、天空に舞い邪悪なる傷を癒せ…」

『ケアルラ』の詠唱。メリアドールはあの戦いで白魔法を覚えていたのである。光は赤い傷を覆い、輝きを維持しながらそれを癒していく。傷がふさがっていく。いつの間にか泣き止んだ幼女も目を丸くしてその様子を見ている。片割れも、母親も、似た表情を浮かべて。

「もう痛くないでしょう?」
「う、うん。もういたくないよ。…ありがとう、おねえちゃん」

こくりと頷く子どもに、メリアドールは微笑んだ。同時に思い出すのは幼かった頃のこと。その頃を思い出すことは、イズルードのことを思い出すということ。だが、先ほどはあった胸の痛みがない。よみがえってくる過去は驚くほどに鮮明なものだけれども。

「ありがとうございます…!」

母親が頭を下げて言う。メリアドールは「いえ」とだけ言ってその場を去った。過去の記憶をそっと胸の中にしまいこんで。私はここで生きていく――メリアドールは強くそう思った。仲間たちと再会出来る確率は、ゼロに近いだろう。それでも私は彼らのことを忘れず、この街で生きていく、と。また、教会の鐘が鳴った。先ほどとは違うことを、メリアドールはつぶやく。心に残された悲しみをすべて棄てて生きることなんて出来ない。少しずつ強くなっていきたい、と。さっきは返ってこなかった言葉が、いま、戻ってきた気がした。それはひどく懐かしく、優しく、それでいて少し儚げな声。

――イズルード。

そう、それは彼の声。空を仰ぐメリアドールの胸の中に響いた声。メリアドールはそっと手を胸にあてる。心臓の鼓動を感じる。ここに、イズルードはいるのだ。

――いつかそっちに行くから、それまで私のことを見守っていて。

願いは光となる。メリアドールは目を閉じる。瞼の裏側で彼が頷いていた。


title:エナメル

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