dod3 | ナノ


drag-on dragoon 3

血溜まりに月が映り、鈍い光が漂う。夜の教会都市をゼロは走っていた。そして彼女の後ろには妹から奪った使徒たちがついている。ディト、デカート、オクタ、セント。ファイブの使徒であったディトは聡明でありながら残虐非道な人物であり、他者を傷付けることを好む少年だ。デカートはフォウの使徒であった。常識的な大人だが極端なマゾヒストでディトとは正反対である。オクタは老人の姿をしているものの異常なほどの性豪。かつてはスリイの使徒だった。そして残念な美青年のセントはトウの使徒であり彼女とは相思相愛の仲であった。ゼロのパートナーである竜種ミハイルは黒い空を飛び回り偵察をしている。五人と一体は教会都市を行く。最後のターゲット――ウタウタイ、ワンを殺す。その為に。


ワンは最も成熟した思考を持つ反面、見た目は最も幼かった。末の妹であるファイブが大人びた容姿であるのと真逆と言っていいだろう。教会の宗主たるワンはいつも地下書庫で古く難解な本を読んでいた。五感が異常なまでに鋭い彼女にとって黴臭く埃まみれの書庫は居心地良い場所とは言い難いが、雑音ばかりの他の場所よりはマシと言えるらしい。嗅覚だけでなく彼女は味覚や視覚なども異常なほど発達していた。ウタウタイと呼ばれる女性は、生まれつき身体の何処かが異常に成長するという不思議な身体を持って生まれる。三女であるトウは筋力が、四女であるスリイは髪が、五女であるフォウは爪が。そして末妹のファイブは胸が、といったように。スリイやフォウの場合はいちいち処理しなくてはならず、その特性を喜んでいたのはファイブただ一人だっただろう。そんなことをワンは思いつつ、本のページを捲る。そのファイブも殺されてしまった。ファイブだけではない。トウも、スリイも、フォウも、裏切りのウタヒメであるゼロによって。使徒は奪い、妹は殺し。ゼロは血に塗れていく。一年前、ここ教会都市で妹たちとゼロは対峙した。その戦いによってゼロは傷を負い、左腕を失い、最強のドラゴンであったミカエルは致命傷を負い――転生し、ミハイルという竜となった。復讐を誓い、ふたたび妹抹殺を願ったゼロの右目には「花」が咲き、失った腕は義手となっていた。彼女はファイブを、フォウを、スリイを、トウを殺めた。そして――ワンをも殺そうとしている。その時は刻一刻と迫っていた。ワンはふう、と息を吐いて書物のページを捲った。古の記録が記された本だ。ここまで読んだが、ワンの求めている情報は一行も載っていなかった。何冊も何冊も読んできた。しかし、最も知りたい情報は得られない。恐らくこの本もそれが得られず読了するのだろう。気付けば日付が変わっていた。夕食も、まだ摂っていない。五感が発達しているワンにとって食事は楽しみではない。何を食べても美味と思えないのだ。苦痛でしか無いが、これもまた義務として割り切っている。触覚や嗅覚、視覚なども異常でワンは何かと嫌な思いをしながら呼吸をし続けているわけだ。

地下書庫から出て、廊下を歩く。見張りの兵士たちがワンを見ると敬礼をする。ワンは静かに歩いた。かつこつと足音が響く。窓硝子の向こうには銀に光る月があり、世界を見下ろす。冷たそうな光を放ちながら。ワンはもう一度深く息を吐いた。「その時」は近い。ゼロ。彼女は必ずやって来る。自分を屠る為に。その剣を鮮血で染める為に。覚悟はしている。妹達がどんな思いで死んでいったのかも、わかる。彼女たちは血を分けた愛しい妹だ。明るく快活で場の雰囲気を和ませてくれていたトウ。無邪気さと破綻した心を抱えていたスリイ。真面目で所謂優等生タイプでありつつも自分に自信が持てずにいたフォウ。そんなフォウと反対に自信家であったファイブ。彼女たちはもういない。話すことも、会うことも、もう二度と叶わない。そんな彼女たちの為にもワンは戦わなくてはならない。姉である、ゼロと。


ゼロは立ち止まり、空を見上げた。浮かぶ月が嘲笑っているかのように思えるのは何故だろう。兵士の悲鳴は耳を通りぬけ、背後を走ってくる男たちの足音が響く。ゼロはくるりと体を回転させ、男四人を見る。今夜はこの辺りで休息を取ろう、とそういう事になった。この付近には兵士がいない。いや、いたが全て倒してしまったのだ。全員が同時に眠ることが出来るほど安全ではないが、それは仕方ない。まずはデカートが見張りをすることになった。簡単な食事を済ませる。ゼロは夜空をふたたび見上げる。星が散りばめられている。その光の海に月がある。そんな彼女に声をかける者がいた。――いつの間にか合流していた、ミハイルだ。

「ねぇ、ゼロ」
「何だ?」
「……やっぱり、ワンって人を殺すの?」
「ああ、そうだ」

即答するゼロにミハイルは悲しい目をする。ミハイルは戦うことを好まない平和主義者で、そういった部分や、純粋すぎる部分にゼロは苛立ちを覚えることもあった。しかしここまで共に戦ってきた「パートナー」でもある。ミハイルは「そっか」とだけ言って、視線を逸らした。ミハイルの瞳にも残酷な月が映っているのだろう。ゼロはそんなミハイルを見てから、瞼を閉じた。ミハイルはそれ以上何も言ってこなかった。「おやすみ」とだけ呟くように告げてからは。


――同時刻。ワンもまた同じ月を見ていた。


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